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■ 2005.7.26 Tue. 昨日からテレビは台風が東海から関東を直撃して東北地方太平洋沿岸へ行くと言っている。その雨の中を早朝の新幹線で仙台へ。11時、梅田俊明さんと藤井市長、加藤助役にお目にかかってご挨拶をする。仙台フィルも私たちもずっと助けていただき、励ましていただき、たくさんの貴重な機会をいただいた。そのご恩は筆舌に尽くしがたい。雨が止まないし、電車が不通になっても困るので急いで新幹線で帰京。夕方の東京のテレビは台風直撃を想定してどの局も特別な番組編成にしたようだが、どうも、それほどのことはなくて拍子抜け。それにしても、たいしたことが無くてよかった。 |
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■ 2005.7.27 Wed. 台風一過の青空、ギラギラの太陽。東京が日本中で最高気温のようである。日常の私はあまり過去を振り返らないのだが、先日の「マタイ受難曲」の、特に合唱団について、繰り返して考えている自分が不思議である。フロイデ合唱団(大阪)とは1960年代の初めから40年以上、絶え間なく一緒に演奏してきたし、強く印象に残る演奏も少なくないが、今回の特に「ひとつになって」演奏したと言えるような感覚は初めてかもしれない。そして長年共同作業をしてきた亀井正比古さん、彼は立派な指揮者なのに私の演奏の時には合唱指導者として、これ以上は考えられない緻密な音楽作りをしてくれる。その上、舞台裏のあらゆる雑事を一手に引き受けて、文字通り一分の隙もない準備を整えてくれる。その亀井さんとの信頼関係が理想的な形で結実したのが今回の「マタイ」と言えるかもしれない。しかし、ここで私が安心すると危ない。ああ、素晴らしかった、これで良い、などとは勿論思わないが、ここまで来ると次に踏み出す一歩が難しい。勉強しなければならぬ。 |
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■ 2005.7.28 Thu. 急いで作曲しなければならないものが二つ溜まっている。こういう時、理由も無く何とかなりそうな気がしているのがとても危険だな、と我ながら思う。 |
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■ 2005.7.29 Fri. 若い指揮者と雑談する。自分は何をやりたいのか、何を言いたいのかをはっきり自覚することが、現在ではとても難しいことになっているのだろうか。そんな面倒なことをしなくても、何となく幸せに生きていけるというのだろうか。 |
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■ 2005.7.30 Sat. 目が覚めたら家内の具合が再び悪くなっている。少し熱があり、苦しそうに咳き込む。17日の晩からと考えると丸2週間になるが、すっかり直らないうちに演奏会があったから、拗らせてしまったのだろう。その後も私の都合でいろいろなことに無理をしながら付き合ってもらったのも、きっと負担が多すぎたに違いない。古澤先生に電話で薬の飲み方のご指示を仰ぐ。 |
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■ 2005.7.31 Sun. 家内の熱はほとんど平常に戻ったが、まだ咳は残っているし、いつもの元気は無い。辛いに違いないのに「大丈夫」と言うばかり。 |
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■ 2005.8.1 Mon. 少し良くなったら家内はすぐに起きだして家事を始める。見ていて辛いしこういう時、何の役にも立たない自分が情けない。昨日から形になってきたコントラバスの曲を少し書く。 |
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■ 2005.8.2 Tue. お昼過ぎの新幹線で仙台へ。東京駅プラットフォームで偶然、梅田俊明さんと一緒になる。4時、仙台フィル事務所で「遊んじゃおう」の会議。新任の総務部長に初めてご挨拶をした。夕方の新幹線で帰京。仙台も暑かった。 |
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