■ 2005.7.14 Thu.
 2時、都内のホテルで第3回仙台国際音楽コンクール(2007年)の記者発表。記者の方たちがたくさん集まってくださった。一旦帰宅して6時からは同コンクールの運営委員会。ピアノ、ヴァイオリン両部門の審査委員長や副委員長、前 和男さん、中川基行さんを初めとする運営委員の方たちがお集まりで、いよいよ公募を開始する直前の詳細なデータに関しての協議。

■ 2005.7.15 Fri.
 「マタイ受難曲」が心配である。スコアの再点検をする。限りなく心配。

■ 2005.7.16 Sat.
 大阪行きの荷物を造る。いつものように、あれもこれもと考えているうちに大事なものを忘れているのではないか、とも思えて何度も確かめる。大きな荷物2個を送る。

■ 2005.7.17 Sun.
 朝の新幹線で大阪へ。1時からフロイデ合唱団の練習。オーケストラと合わせる前の最後の練習なので、暑さの中で、つい力が入って4時までの長時間になった。合唱団は素晴らしい仕上がりだが、2日続きのオーケストラとの練習と演奏会当日の会場での練習、負担が大きい。それをどう切り抜けて良い状態で演奏会に臨めるか、私の責任は重い。夕方から亀井正比古さんご夫妻と私たちの計4人でゆっくりおしゃべりをしながら飲んで食べた。楽しい時間だったのだが、ホテルに帰って暫くしたら家内が突然猛烈な頭痛に襲われた。このような時、私はただおろおろと見ているだけで何の役にも立たないのは情けない。

■ 2005.7.18 Mon.
 家内は勿論熟睡できなかったようで頭痛も残っているし、今日はベッドに居ることにする。午後ひとりで床屋に行ってくる。偶然、静かな休日のような形になった。過労だとは思うが家内の状態が心配。

■ 2005.7.19 Tue.
 1時、大阪センチュリー交響楽団の練習。オルガン、チェンバロを含んで2群に分かれたオーケストラ、客演のコンサートマスターが西江辰郎さんで、とても安心である。5時から独唱者の内3人とレシタティーヴの練習。勿論チェロ、コントラバス、オルガン、チェンバロも参加していただいた。

■ 2005.7.20 Wed.
 3時15分から独唱部分を中心にした練習。家内もどうやら参加できた。夕食休憩を挟んで6時50分からは合唱団も加わる。酷い暑さ続きだから演奏する人たちの体調が特に心配である。

■ 2005.7.21 Thu.
 4時半から独唱部分の練習。合唱団と児童合唱団は6時50分から。8時前に練習を終る。何とか少しでもみんなが早く家に帰って休めると好いのだが。

■ 2005.7.22 Fri.
 今日も猛烈な暑さ。3時半、フェスティバルホールで最後の練習。合唱団もオーケストラも、なるべく近くで、お互いを感じあい、聴きあいながら演奏したいので通常より反響版を狭く設置してもらった。独唱者たちも合唱団もオーケストラも、集中力はいよいよ高まっているが、バッハを理解しない、バッハに敬意を払わないチェンバロ奏者がいろいろと邪魔である。演奏前に小田武彦英知大学学長が簡潔で素晴らしい話をしてくださった。音楽会は7時開演。第1部約50分、休憩を挟んで第2部も約50分と大胆な省略をしての演奏。演奏者たちはみんな素晴らしかった。子どもたちの合唱は本当に天使の歌声のようだった。オーケストラも、勿論素晴らしかった。「マタイ・・・」をこのように演奏できることは、 そう度々はないだろう。終演後、普段は滅多に行かない合唱団のパーティーに出席。オーケストラからも代表の方が出席してくださって大盛会。ホテルに戻ったらさすがに疲れ果てていた。しかし特に合唱団の人たちの、あの膨大な練習の積み重ねに基いた自信に溢れた積極的な演奏、その充実振りは、きっと長い間私たちの記憶に度々蘇るだろう。

■ 2005.7.23 Sat.
 家内と2人、文字通りヘロヘロ状態で新幹線で帰京。

■ 2005.7.24 Sun.
 今日は兎も角、何もしないことだけを決めて休養。

■ 2005.7.25 Mon.
 久しぶりに家の中を少々掃除。。