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■ 2005.1.24 Mon. 詩人の長田 弘さんが戦後60年という数え方より「不戦60年」という数え方のほうが、この国に戦争の無かった60年の数え方としては、むしろ当を得ていると言っておられる。その60年を無駄にしない、その60年を80年に、100年にするために何をしなければならないかを考えたい。考えたりしているより、すぐに何かをしなければならない。何でもしなければならない。 |
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■ 2005.1.25 Tue. 2時、日本フィル事務所で新しいシリーズの打ち合わせ。企画は、こういうまだ何がどうなるかわからない時期が一番たのしいのかもしれない。夕方から友人夫妻が遊びに来てくれる。 |
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■ 2005.1.26 Wed. 新宿のデパートに入っている有名なレストランで旧友2人と昼食。その後デパートの中を家内と2人でぶらぶらしたら、何だかひどく疲れてしまって、ほうほうの体で帰宅、珍しく昼寝をした。2人ともデパートが苦手、人ごみが苦手などというのは山の中で暮らすしかないか、とまた話し合う。 |
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■ 2005.1.27 Thu. アウシュビッツ(オシフィエンチム)解放60年の日。雪が降りしきっている映像がテレビで流れている。ヒロシマ、ナガサキと共に私にはナチスの「ユダヤ人絶滅計画」も忘れることはできない。沖縄での戦闘、そして今も続く沖縄への差別も。私たちに無縁なものなどあるはずもないだろう。朝日新聞の「朝日歌壇」の選者を50年近く勤めておられた近藤芳美さんが「日本は長く平和だけど、遠いどこかで常に続いてきた戦争が日本と無関係とはいえない。イラクだって、他人事とは思えない。戦争がじかに我々の四囲を取り巻いていることに、短歌は他の文芸より敏感なんです。」と言っておられる。戦争の歌ばかり採る、といわれることについてのお言葉だが、こういう年代(1913年生まれ)の方たち、あるいはぎりぎり私(1931年生まれ)の年齢が戦争の恐ろしさ、おぞましさをもっと言わなければ、日本が平気で戦争する日が目の前に迫っている。それにしても、現在のイスラエルとパレスチナをどう考えればいいのだろうか。どうしてこんなことが行われ続けるのだろうか。私たち自身の中にあるいろいろな差別意識とどう戦えばよいのか。それをどう克服できるのか。6時半、仙台市東京事務所で国際コンクールの会議。ヴァイオリン部門の課題曲について論議する。 |
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■ 2005.1.28 Fri 4時、オペラシティで中川基行さん、梅田俊明さんとお目にかかってヴィデオによる東京公演の取材を受ける。6時、麹町で仙台国際コンクールの運営委員会。 |
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■ 2005.1.29 Sat 旧友、故赤堀文雄の編曲を集めたCDが届く。もっといろいろ話したかったな、もっといろいろ編曲してもらいたかったな、と思いながら数曲を聴く。 |
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■ 2005.1.30 Sun. 午後、江古田の音楽好きのご夫妻の素晴らしいサロンで、解説ともいえないお話をしながら家内とR.シュトラウスの歌曲や日本の歌をお聞かせした。演奏後は聴いてくださった数十人の方たちとワインなどいただきながら雑談。 |
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■ 2005.1.31 Mon. 原稿を二つ書く。小さな、一見取るに足りない言い回し一つで、書いた者の意図と意味が全く違ってしまったり、思いもよらぬ鋭く、厳しい表現になったりする文章(言葉)というものの恐ろしさを、また痛感する。年末に家内が作った柚餅子が残り少なくなってきた。日本酒にもワインにもぴったりだが、お酒を飲まなくとも、ちょっと稀にみる美味。材料の柚子が特に素晴らしかったことを差し引いても、家内の大ヒットである。来年の再現を期待すること大である。 |
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