■ 2004.12.6 Mon.
 4時半、池袋・芸術劇場で日本フィル「第9」の練習。「アテネの廃墟」序曲はあまり演奏されない作品だからオーケストラには新鮮だろう。7時から独唱合唱も加わる。今年の合唱は特に素晴らしいとは言えない。

■ 2004.12.7 Tue.
 4時半から最後の練習。音楽会の開演は7時。第3楽章が終ったところで、客席からのフラッシュがあまりに多いので中断して指揮台を下り、お客様に演奏終了まで写真撮影を我慢してくださるようにお願いする。演奏者自らが演奏を中断するなどということはしたくないのだが、私たちが集中力を維持する努力にも限界がある。合唱団の熱意も集中度も評価するし、客席から盛大な拍手を頂戴したことはその証左でもあるが、それが「演奏」と呼べるかどうかには疑問が残る。終演後の小さなパーティーでそのことは率直にお話して来年への期待の大きさも申し上げた。さらなる努力、精進と格段の進歩を望むこと切である。ベートーヴェンはそれほど尊重すべき存在、音楽はそれほど大切なものである。今日は私にとって今年初めての「第9」だったので特に緊張した。様々な不安が次々と襲い掛かってくるような印象と戦うのに少々草臥れた。

■ 2004.12.8 Wed.
 午後の新幹線で大阪へ。床屋に行ってから、夜はフロイデ合唱団「第9」の練習。まったく残響のないホールでの練習に合唱団の人たちが苦しんでいるのが判る。実は緻密な練習の積み重ねが確実に成果を挙げているし、音楽も豊かになっている。それを1人ひとりが実感できるようにするにはどうしたら良いか。遅い新幹線で名古屋へ。「昭和16年12月8日」の早朝、小学校4年生の私は父母と一緒に、何だか異様な緊張状態の中で「・・・・米英両国と戦闘状態に入れり・・・・」という子供には判りにくいラジオを聞いた。「セントウジョウタイニイレリ」という奇妙な響きを記憶しているのは、その後、繰り返してこの文章を見せられたか聞かされたかしたのだろう。それに、それから電車に乗って登校した当時の東京は現在よりずっと寒くて、手袋をして、吐く息は白かったと思う。世界中の子供たちが、どうか、もうこれ以上戦争に巻き込まれることが無いようにと1945年には地上の至る所であんなに強く思った筈なのに、パレスチナやファルージャを見るだけでも何故なのか、どんな理由があるのか誰にも答えようの無い一方的な暴力が現在も子供たちや弱いものたちに襲い掛かっている。決して諦めずに戦争反対を言い続けたい。

■ 2004.12.9 Thu.
 朝8時、定期健診。10時に武内安幸さんが迎えに来て下さって、4月末に県芸のオーケストラと演奏する予定の「万博」敷地内の半野外の建設中のホールを見に行く。やたらに広い舞台と音が乱反射する丸天井だが、こういう施設はまあ、こんなものだろう。2時〜4時、NHKでFMシンフォニー・コンサートの解説の収録。夕方の新幹線で帰京。

■ 2004.12.10 Fri
 1時から日本フィルの練習。場所が我が家から歩いて数分のところなので何となく気楽な感じ。「こうもり」序曲、「くるみ割り」組曲、4人の歌い手さんも加わる「カルメン」抜粋、と華やかなプログラム。夕方、帰宅して大阪へ演奏会用の衣装など荷物を送る。

■ 2004.12.11 Sat
 11時から練習で音楽会の開演は2時半。お天気も好かったので和やかな雰囲気の音楽会。家内がずっと気にしていた「ハバネラ」もしっとりと仕上がって拍手を頂く。一旦帰宅して小休止の後、新幹線で大阪へ。

■ 2004.12.12 Sun.
 1時、大阪フィル会館で大阪フィルと練習。「エグモント」序曲は楽譜を新しくして、私ももう一度スコアを読み直した。「第9」、若いコンサートマスター、「第9」が初めてという1番クラリネット、第2ヴァイオリンのトップは客演奏者など、みんな一所懸命にやってくれるが指揮者としては気が抜けない。3時、独唱、合唱も加わって第4楽章を練習。それから亀井正比古さんと地下鉄、JRを乗り継いで住吉へ。神戸フロイデ合唱団の練習。あまり音響の良くない会場と聞いていたが合唱団は素晴らしい。

■ 2004.12.13 Mon.
 4時、フェスティバル・ホールで練習。音楽会の開演は7時。珍しく大阪フィル今年最初の「第9」だそうで、特別な緊張感もあったが、合唱団が堅実な演奏。どこへ出しても恥ずかしくない出来栄えで、それは更なる可能性の大きさをはっきり感じさせた。