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■ 2004.11.30 Tue. 夜、高齢協「第9」の合唱練習。参加してくださっている方々の熱意と努力は充分に判っているが、それを「演奏」につなげるのが難しい。最後まで諦めたくない。 |
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■ 2004.12.1 Wed. 新幹線で仙台へ。梅田俊明さん指揮の仙台フィルの練習を聴く。青年文化センター・コンサートホール。「ペール・ギュント」の組曲と「新世界」を久しぶりにじっくりと堪能した。梅田さんや中川基行さん、事務局の人たちなどといろいろな話をして夕方の新幹線で帰京。 |
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■ 2004.12.2 Thu. 勉強しなければならないものが山のようにあるのに、なかなかはかどらない。あれもこれも気になっている、というだけでは何の役にも立たないのに。 |
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■ 2004.12.3 Fri 朝、五反田の病院で採血、採尿、胸部のスキャン。午後、園田高弘さんの「お別れの会」があったはずだが伺えなかった。お互いに幼かったときにお目にかかって以来70年ほど、ずっと素晴らしい憧れの先輩であり、私にとって理想の音楽家であった。1954年4月、カラヤン指揮のN響でベートーヴェンの「4番」をお弾きになった時、私はN響の練習員だったから練習も演奏会もずっとその場に居ることができたし、1959年、ヴィーンでアンドレ・クリュイタンス指揮、ヴィーン交響楽団とシューマンを演奏されたのも伺った。数え切れないほどたくさんのことを教えていただいたし、ベートーヴェンも、バルトークも、ブラームスも何度もご一緒できたのはこれ以上は無いほどの幸運であった。「長射程誘導弾を研究、敵基地攻撃能力高まる」という夕刊の見出し。ミサイル防衛の日米共同開発・生産を武器輸出三原則の例外にするのだそうである。どうして、いつでも戦争のできる国になるのか、どうして武器の売買で儲けることを恥ずかしいと思わないのか。「戦争だけはするな、その為になら、どんなことでもするから」と世界に向かって語りかけるのが私たちの憲法ではないか、と言っている人に心から賛同する。 |
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■ 2004.12.4 Sat 朝比奈 隆先生について話を聞きたいと仰る方があって出かけた。少し位何を話しても、1人の人間の何百分の一、何千分の一も判るはずもないと改めて考えて、暗い気持ちになる。 |
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■ 2004.12.5 Sun. 昨夜から明け方にかけての雨と風が凄まじかった。鉄筋コンクリートの家の中に居ても恐ろしくなるような音がしていた。そして雨が上がったら、この季節にまるで夏のような気温。人間が勝手なことばかりして地球をわがもの顔に弄繰り回していることに自然が怒っているのではないか、などとつい思ってしまう。 |
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