■ 2004.10.25 Mon.
 練習再開、オヤッと思うような瞬間が何度かあって、それはどうやら私が細かい指示を出したほうが演奏しやすい部分があるらしいことに気付いた。仙台フィルでは自発的なアンサンブルや、それぞれの積極性に任せることを基本にしたいと考えるのが私の習慣になっているが、どこでもそうするのが良いとは限らないことに私が気付くのが遅かった。オーケストラの皆さんには申し訳ない。「レオノーレ」1番の序奏部分など、特にオーケストラに余分な負担をかけていたのだと思う。夜はオーケストラの人たちと賑やかに食事。

■ 2004.10.26 Tue.
 今日も早起きして練習に行く。本当に信じられないほど好いお天気が続いているが、新潟の地震を衛星放送でずっと見ている。記録的な数の台風に続いて、こんな大規模な地震が襲ってくるとは、今年は何という年か。被災された方たちの苦しみや打撃の深刻さは私たちにはとても想像できまい。何とか少しでもお役に立つことはないのだろうか。練習後パク・ウンソン氏が指導しているハンニャン大学の学生オーケストラの練習を見学。夜、久しぶりにパク・ウンソン氏のご尊父にお目にかかって楽しいお話を伺う。非常にお元気で美しく、歯切れのよい日本語をお話になるが、アメリカの市民権もお持ちの高名な言語学者である。

■ 2004.10.27 Wed.
 とうとう演奏会前日になったので、あっさりと一通り練習する。1日の練習時間が短いので、こんなに日数がかかってしまったが、これにも特別な効用があるかもしれないと思う。

■ 2004.10.28 Thu.
 午後3時、前回とは全く違うスウォンのホールで最後の練習。客席数は多くないが舞台の広さは充分、音響も悪くない。音楽会の開演は19時30分。全員火の玉のようになって演奏してくれた。多分、多少緊張過多。でも盛大な拍手とブラヴォーを頂く。疲れ果てて挨拶もそこそこにソウルへ戻った。少々風邪気味。

■ 2004.10.29 Fri.
 ずいぶんゆっくり朝寝をしたのに疲れが残っている。夕べはオーケストラの熱気に煽られて暴れすぎたか。明日の練習に備えて、特に交響曲の細部を点検。午後、ハンニャン大学のオーケストラをどうしても一度指揮しろ、というパク・ウンソン氏の要望でまた学校に出かけた。

■ 2004.10.30 Sat.
 10時、スウォンで練習。あっさり1時間で終了。音楽家たちは疲れも見せず、爽やかな表情なので安心した。

■ 2004.10.31 Sun.
 11時からソウル・アートセンター・コンサートホールで練習。ここの楽屋は何度来ても何とも不思議な感じがするが、ホールの響きは素晴らしい。オーケストラの人たちも全く新しく演奏に立ち向かうという雰囲気である。音楽会の開演は3時。スウォンの演奏会を上回る集中力と積極性でオーケストラの人たちが素晴らしかった。終演後の楽屋に林 元植先生の奥様やシン・スージョン女史などたくさんの方たちが来て下さった。

■ 2004.11.1 Mon.
 夕方、シン・スージョン女史が迎えに来て下さって、ある大切な方にお目にかかる予定だったが、朝から風邪の症状がはっきりしてきて、咳は出るし、熱っぽいし、とても人様にお目にかかれる状態ではないので、夕方になって電話でお断りした。シン・スージョン女史が心配してホテルに来て下さって、風邪が治りそうな食事をご馳走してくださった。

■ 2004.11.2 Tue.
 お昼過ぎ、2週間くらしたホテルをチェックアウト、インチョン空港へ。空港にはパク・ウンソン夫人がわざわざ同行してくださったし、若い指揮者たちも見送りに来てくれた。成田着は7時半、家に帰り着いたら、もう何をする元気も残っていない。ささやかに家内と乾杯して、久しぶりの我が家を楽しむ。

■ 2004.11.3 Wed.
 今日は何もしないでいよう、と言い合いながら、郵便物の山と格闘してしまった。

■ 2004.11.4 Thu.
 12時前の新幹線で名古屋へ。まだ風邪は立ち去ってくれない。

■ 2004.11.5 Fri.
 10時半、県芸指揮法、ベートーヴェン「4番」の全楽章をやる。みんな、本当に見違えるように表現がはっきり出来るようになっている。感心するばかりである。1時からはオーケストラ。ベートーヴェン「6番」、夏田作品、「ダフニス」の順。どれも、もう一歩の詰が必要、これからの練習の質が問われるだろう。昨日から家内の風邪がひどくなっている。

■ 2004.11.6 Sat.
 8時、古澤先生の定期健診。今日はエコー、そしてバリウムを飲んでの胃の検査、インフルエンザの予防接種も。2時過ぎの新幹線で帰京。家内は辛そうである。

■ 2004.11.7 Sun.
 家内は少し回復しつつあるようである。私は肩の痛さがなかなかとれない。長年の自己流の指揮が祟ったか、それとも20年遅れの50肩か。