■ 2004.8.16 Mon.
 まだ世の中も夏休み中だと思うことにして今日もすっかり怠けている。疲れは少しずつ身体の外へ出て行くような感覚。しかし広島市長の平和宣言をやはり忘れるわけにいかない。「・・・・・残念なことに、人類は未だにその惨状を忠実に記述するだけの語彙を持たず、その空白を埋めるべき想像力に欠けています。また、私たちの多くは時代に流され惰眠を貪り、将来を見通すべき理性の眼鏡は曇り、勇気ある少数には背を向けています。その結果、米国の自己中心主義はその極に達しています。国連に代表される法の支配を無視し、核兵器を小型化し日常的に『使う』ための研究を再開しています。」「日本国政府は、私たちの代表として、世界に誇るべき平和憲法を擁護し、国内外で顕著になりつつある戦争並びに核兵器容認の風潮を匡すべきです。」私はこの平和宣言に全面的に同意する。「戦争のつくりかた」という小さな本は少しずつ読まれているようだが、映画「父と暮せば」も是非みたいと思っている。

■ 2004.8.17 Tue.
 新聞もテレビも連日オリンピックづくしだが、日本の体操が28年ぶりの金メダルだという。その28年前のテレビ放送の断片を見ていると、当時のアナウンスの日本語が実に明瞭で美しく、しかもゆったりとしていて、現在の粗雑な早口とは全く異質であることが歴然である。本当の日本語を守る、とどうして誰も考えなくなったのだろう。

■ 2004.8.18 Wed.
 今年の夏の暑さや台風の多さは地球温暖化とは無関係なのだろうか、気になる。新聞の投書欄で1944年にインドネシアの島で戦死したとされている人の弟さんが「兄はまだ赤道直下に死体のまま放置され、60年もの間埋もれています。」と書いておられる。この方は自費渡航で2度現地に出向いたが遺骨は見つからず、遺骨を日本に迎えても、シベリアなどからの遺骨が約6000体あり、DNA鑑定が回ってくる順番は2年後になる、という。戦後ずっと封印してきた軍事に関わる問題が正面から議論されるようになって有事法制が出来、イラクに自衛隊を送り、武器輸出3原則を緩めろと言い、戦争が出来る国になったというより、戦争をする国になってしまった。ひとりひとりが、どんな理由があろうと戦争には反対だ、とはっきり言い続けなければならない。

■ 2004.8.19 Thu.
 午後、新宿へ出かけて関谷弘志さんなどにお目にかかって2時間ほど話をする。その後、磯貝純一さんに会って久しぶりにゆっくり打ち合わせ。暑い暑いと言っているうちに日差しは確実に秋の色になっている。

■ 2004.8.20 Fri
 6時、3人の親しい友人が遊びに来る。夜中までおしゃべり。

■ 2004.8.21 Sat
 沖縄でアメリカ軍のヘリコプターが墜落、日本の大学構内だというのに、日本の警察の現場検証が出来ず、総てをアメリカ軍が取り仕切った。日米地位協定というものに従ったのだという。このことと直接関係はないが、防衛庁の高官が「特別協定(思いやり予算)分だけで2440億円、総てを含めると計約6500億円のアメリカ軍のための経費負担は合理的なのか、見直す機会があればよいが」と語っていたことを思い出す。

■ 2004.8.22 Sun.
 曇りがちのお天気のせいか、夏も終わりかなという感じがする。家内は1日中、机に向かって仕事を続けているのに私はぶらぶら。日本中がオリンピックで騒いでいる間に、何かとても大切な問題が私たちの間をスルリと通り抜けてしまわないかと少し心配になる。「もし私が私のために行動しないのなら、誰が私のために行動するのか? もし私が私のためだけに行動するなら、私は何者か? そして今行動しないなら、いつするのか?」というある雑誌で読んだ言葉が私の中で鳴り響いている。