■ 2004.7.26 Mon.
 荷物を6個作る。暑さの最中だから着替えの数がどうしても多くなる。その内5個を宅配便で3ヶ所に送り出す。1つは家内が運んでくれるが、その他に明日は大阪に着いたら練習に直行するからスコアや指揮棒だけ自分で持って行く。矢崎泰久さんが「56.57%というのが第20回参議院議員選挙の投票率だった。まったくもって情けない数字である。民意が低いというか、民度がないというか、大切な国政選挙で棄権した連中は、どんな世の中になっても文句は言えない。その覚悟が果たしてあったかどうか。・・・・・」と書いておられる。特に東京都で突出している「日の丸・君が代」の強制は、考えてはいけない、しゃべってはいけないといったことを学校教育で教えているという側面がある。学校教育だけではなくて、家庭教育や子供に対する社会教育にも、対話するとか、自分の考えを表現するという訓練ができていない。だから日本人の語る言葉が空洞化して力がない。みんなと考えて議論するという教育をしていないから、思考力も無くなっている、という分析がある。現在でも実質的に「多国籍軍」である自衛隊は、自衛隊の「なし崩し派遣」などと言われながら、実際には「なし崩し」ではなくて、政府が「憲法改正」「愛国心高揚」をにらんで、逆に戦略を立てて世論を巧妙に導いていると考えられる。その流れの中で古庄海上自衛隊幕僚長が防衛庁長官、防衛次官なども出席した会議で文民統制=シビリアンコントロールをはずせと要求している。事実上の軍隊である自衛隊を完全に軍人だけで自由にしようというのである。私たちはもっと神経を張り巡らせていないと、いつの間にか戦争の真ん中にいることになる。戦争に反対するのは「国益」を考えない「非国民」だと既に声高に言っている人も少なくないのだから。

■ 2004.7.27 Tue.
 お昼前の新幹線で大阪。ホテルに寄って荷物を置いてから大阪フィル会館へ。3時半から8時半、1時間の夕食休憩もあって、その中でモーツァルトとフォーレの「レクイエム」をやる。オーケストラだけの練習が必要、独唱たちとオーケストラの練習も勿論必要。6時半には合唱も参加する。指揮者の練習の進め方の責任が重大である。合唱団が集まってくれた6時半からは先ずモーツァルトを一通り練習して休憩。フォーレに移って先ず一通り練習してから、さて、うまく行かなかった所を繰り返そうとしたら、いくつかの楽器がもう帰ってしまっていて居ない。時間はまだ8時30分には30分を残している。信じられない。これは1961年から40年以上、たくさんの音楽を一緒にやってきたオーケストラとは違う。練習中から、うたっている合唱団の前を横切って、受け持ち部分が終った音楽家たちが次々と出て行くのも、演奏という繊細な神経と極度の集中を必要とするものを熟知しているはずの人たちの行動とは思えない。朝比奈 隆先生の薫陶で音楽に最大の敬意を払っていたオーケストラはもうない。怒って見てもはじまらない。明日は気を取り直して明るく普通に練習しよう。今日の大阪も暑かった。

■ 2004.7.28 Wed.
 今日も6時半から独唱、合唱も加わって練習。細部も少しずつ整えているが、私たち日本のオーケストラのほとんどが演奏会場とは違う場所で練習していることの難しさ━━音響が全く違う、広さも違う、などなど━━を痛感する。明日フェスティバルホールに移ってどのように対応できるだろうか。

■ 2004.7.29 Thu.
 3時半、フェスティバルホールで練習。合唱もオーケストラも人数が特に多いわけではないので舞台の反響板を普段より狭めていただいた。指揮台も使わずに平場で指揮をする。演奏する私たちはお互いの連携の密度が濃くなるような感じがするが客席ではどのように聴こえるのだろうか。音楽会の開演は7時。合唱団の人たちの努力で客席は本当に満席。モーツァルトもフォーレも積み重ねてきた練習の結果を出せたと思う。勿論この二つの作品はいずれも演奏が極めて難しい曲だから「よかった、よかった」というわけには行かないだろう。それに、私たちが日常の練習で合唱団の人たちともっと緻密に研究しておくべきだったと気付いたこともある。今後の私自身への大きな課題である。

■ 2004.7.30 Fri.
5時50分起床、6時53分の新幹線で東京へ。9時35分頃に東京駅八重洲口前を出発して知り合いの運転手さんのタクシーで会津田島町へ。4時間あれば行けるのではないか、という予想だったが12時20分過ぎには会館に到着してしまったから、実際の所要時間は3時間足らずだったことになる。出来たての新しいホール、建材や塗料の匂いが強烈。小ぶりだが舞台も広いし、音響も素晴らしい。会津の豊かな自然の真ん中にこういう見事な施設を作ったのは壮挙というべきだろう。3時から久しぶりの仙台フィルとの練習。終了後、松元宏康さん運転の車で会津若松へ。駅前のホテルで泊まる。

■ 2004.7.31 Sat.
 12時、ホテルを出発して会津田島町に向かう。田島町到着の少し手前、素晴らしい峡谷の上の茶店で美味しいおそばを食べた。3時から練習。音楽会の開演は6時半。超満員ではなかったが、とても熱心なお客様がたくさん来て下さって、_落としを賑やかに華やかに飾れたと思う。松元宏康さんの運転で仙台に向かう。途中で簡単な食事をしたが、松元さんの見事なハンドル捌きで仙台のホテルには12時少し過ぎに到着。

■ 2004.8.1 Sun.
 チャーターした大型、極彩色のバスに家内と2人きりで乗って仙台空港へ。ソウルから来る5人の若い指揮者たち、パク・ウンソン夫妻、カン・ソッキ氏、イ・ナムスー氏を出迎える。6時〜9時、常盤木学園の教室を拝借して2台のピアノで早速レッスン。終了後、私たちが泊まっているホテルのコーヒーショップで全員の顔合わせを兼ねて夕食。2人のピアニストや松元宏康さんにも参加していただいた。BR>