■ 2004.7.12 Mon.
 午後、日本フィルの事務所で11月28日の音楽会の打ち合わせ。ソプラノ・菅 英三子さん、テノール・福井 敬さんにいろいろ歌ってもらうこと、頼近美津子さんに進行を手伝っていただくこと、曲目の最後に「フニクリ・フニクラ」が盛大に鳴り渡るアルフレッド・カセルラの「イタリア狂詩曲」を演奏することなど楽しみが多い。

■ 2004.7.13 Tue.
 午後、先日の仙台国際音楽コンクールを巡って奥田佳道さんと対談。仙台市市民文化事業団の大澤さんの司会だったので、やや話しにくい話題があったり、逆に鋭く注文をつけたり。夕食後、原稿を二つ書く。

■ 2004.7.14 Wed.
 午後、半端な時間なのにほぼ満席の新幹線で大阪へ。フロイデ合唱団の練習。この暑さの連続の中で集中力を保っている合唱団は見事である。大人の合唱団だなあ、と亀井正比古さんと話し合うが私たちが感心ばかりしているとアブナイかもしれない。新幹線で短い原稿を書きながら帰京。山田由美子という人の書いた「第3帝国のR.シュトラウス」を読み終わった。ナチスと力を尽くして戦い、2重3重の苦しみを味わったシュトラウスを初めて知った。予定より一つ早い新幹線に飛び乗ったので、ぎりぎりで「今日」の内に帰宅できた。

■ 2004.7.15 Thu.
 あわただしく荷物を作って正午に家を出て成田へ。満員の飛行機でソウル・インチョン空港に着いたのは6時少し前。朴 恩聖夫妻と姜さんが迎えに出てくださった。ちょうどラッシュアワーで市内は大混雑。8時近くになってホテルに着くと申 秀貞女史が待ち構えていて、素晴らしい中華料理をご馳走になった。仙台のコンクールの話、世界のピアニストや指揮者の話など話題は尽きない。彼女は明日サンフランシスコへ出発するという。

■ 2004.7.16 Fri.
 8時45分にホテルを出発、朴 恩聖氏の運転で水原へ。今日も激しい雨が降り続いている。10時から水原のオーケストラがレコード製作のために朴 恩聖氏指揮でブルックナーの「4番」を練習しているのを聴く。12時前に水原をでてソウルへ。アートセンターの構内にある国立芸術大学のオーケストラ用スタジオで8月に仙台フィルを指揮する5人の若い指揮者にあう。1時から6時までピアニストを使って彼らと勉強。英語かドイツ語以外の言葉は韓国語も禁止、と言い渡してあるので、みんなともかく英語を話している。1月にはほとんど英語を話さず、理解もできなかった人が普通の会話はできるようになっていて、その並々ならぬ努力に感心した。日本の若者たちは、こういうことができるのだろか。夜は朴 恩聖氏夫妻のご招待に与る。雨は全く止む気配なし。

■ 2004.7.17 Sat.
 土砂降りの雨。1時に勉強を始めたが二人のピアニストがあまりに酷くて邪魔になるだけなのでクビにした。そのあとは指揮者たちが交代でピアノを担当したが、その方がずっと音楽的で勉強は順調に進んだ。夜は5人の若い指揮者たちが私たち夫婦を蛸のお鍋を食べさせる店に連れて行ってくれた。香辛料がいっぱいでとてもおいしいものであったし、いろいろな話もできて楽しかった。

■ 2004.7.18 Sun.
 ようやく雨は止んだが、まだ、いつ降り出してもおかしくない空。今日も1時から6時、若者たちと勉強。できることと、まだできないことがはっきり見えてきた。あと二日を有効に使いたい。夜、水原のオーケストラのたくさんの人たちと食事。