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■ 2004.6.14 Mon. 10時半過ぎ、仙台駅伊達正宗像の前でバロニエさんご一家と待ち合わせて仙山線で山寺へ。私たちが行ったことがないと話したら、それじゃあ是非一緒に行こう、素晴らしい所だよ、と誘ってくださったのである。日本の名所をフランス人に案内して頂くということになった。お天気も好いし、沿線の景色も豊かな緑や渓谷や、素晴らしい眺めの連続。約1時間で山寺駅に着くと、すぐ近くにもう登山口がある。バロニエ家の2歳半の坊やも私たちと同じように当たり前のような顔で歩いている。平日なのにたくさんの人。その人たちに混じって1015段の石段を登る。緑がいっぱいで木陰も多いが照りつける太陽にもしばしば出会う。時々吹き抜けていく風が爽やかで気持ちよい。ほとんど休むこともなく登りつめたのに、たった2歳半の男の子ヴィルジル・けいぞう君が一度もぐずったりしないで懸命に歩き続けたのに私たちは本当に感心した。頂上のお堂と展望台に寄ってから、少し下がったところの茶店で持参のさくらんぼを食べる。下りはバロニエ家の13ヶ月の元気な女の子カッサンドル・ミサキ(美咲)ちゃんは勿論お父さんの肩車かお母さんの腕の中だが、男の子はまた、しっかり自分の足で歩いた。ふもとで大人はお蕎麦を食べる。子供たちにはこんにゃくとご飯。3時前の電車に乗って仙台へ戻った。
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■ 2004.6.15 Tue. 13時、コンサートホールで仙台フィルの練習を聴く。今日はファイナル第1日の練習。勿論出場者たちも参加しての練習だが、いきなりブラームスの「1番」だから大変である。他に2曲、ずいぶん丁寧な練習で6時まで。今日の仙台はまるで夏のように気温が上がったが空気が乾燥しているので日が暮れると急に気温が下がり、ちょうど今頃のヨーロッパのような爽やかさである。日本軍も多国籍軍に参加するが日本の指揮権の下で行動するのだ、などと言っているが多国籍軍全体を監督するのはアメリカ軍だとアメリカ当局が言明しているのである。昨日「国民保護法」が成立して「有事関連7法」が完成した形になった。日本弁護士連合会の会長が「徹底した審議が尽くされないまま法案が可決されたことは遺憾だ」と言っておられるのに同感する人は少なくないだろう。「有事関連法は、国民の知る権利を制約するなど問題が多く、憲法が禁止する集団的自衛権や交戦権の行使を可能とし、市民の生活や権利に幅広い制約を及ぼす危険性がある」というその発言に、敗戦の年に中学2年生だった男は自分の実感を重ねて共感しているし、この事態に恐怖心を持っている。なし崩しに「いつでも戦争のできる国」に向かって暴走しているこの流れを何としてでも止めなければならない。 |
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■ 2004.6.16 Wed. 午後、ファイナル第2日の練習を聴く。私は審査には全く無関係であるが、それでも出場者たちに先入主を持ちたくないのでなるべくオーケストラだけに注目するように心がけた。夜、美男美女という形容にぴったりのバロニエさんご夫妻と元気な坊や、かわいいお嬢さん、私たちの覚束ない外国語を助けてくださるフランス語の達人伊藤恵美子さん、そして私たちの親友、申 秀貞女史という顔ぶれで、くつろいで食事をした。 |
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■ 2004.6.17 Thu. 10時半、ホテルを出発してまた山寺に向かった。私たちがあんまり素晴らしかったと話したので申 秀貞女史が是非行って見たいと言い出したのである。今日も雪の残る月山もはっきり見える好いお天気だったから少々汗をかきながら、しかし約30分で頂上まで登った。気持ちのよい風に吹かれて、ゆっくり下山。軽い食事をしてからホテルへ戻ったのは3時半。夜は7時からピアノ部門ファイナルの第1日、熱演の連続であった。 |
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■ 2004.6.18 Fri 2時から家内と少し練習。5時にはホテルを出発して会場へ、運営委員長として新聞の取材を受ける。7時、ピアノ部門ファイナルの第2日。東京のフランス大使館から文化担当官が来て下さった。2001年の前回に続いて今回も第1位受賞者に駐日フランス大使賞を頂戴できることになったが、クロード・サミュエルさんやバロニエさんのお力添えも大きかったろうと私は想像している。今夜の3人も集中度の高い演奏。オーケストラはさすがに疲労が限界に近づいている。演奏終了後すぐに投票が始まった。セミ・ファイナルの12人も私の目から見れば実力伯仲と思えたから、誰が何位になってもおかしくない激戦。結果を舞台上で発表できたのは10時過ぎ。その後入賞者全員と審査委員長、2人の副委員長、組織委員長の藤井市長も出席した記者会見。終ったのはヴァイオリン部門の時と同じく12時。日付変ってホテルへ帰ってようやく夕食。 |
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■ 2004.6.19 Sat 12時、会場に到着してNHKテレビの取材を受ける。表彰式は1時半、続いてガラ・コンサート。大きな事故も無く、これでようやく第2回仙台国際音楽コンクールが終る。仙台フィルハーモニー管弦楽団の誠実な献身ぶりに心から感謝。梅田俊明さんもご苦労様でした。6時から賑やかな、和やかなさよならパーティーがあった。いつもながら細部まで神経が行き届かず、感情的になってしまうこともあり、適切な判断を下せるとは限らない私を見守り、助け、励ましてくださった、前 和男さんと中川基行さんに特に大感謝。 |
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■ 2004.6.20 Sun. お昼過ぎの新幹線で帰京、台風接近のニュースで心配していたが東京はまだ晴天。夜になって風が激しくなってきた。溜まっていた新聞を読む。「統一された指揮」を「統合された司令部」と言い換え、だから主体的判断は可能で、参加でなく協力なのだと小泉政権はひたすら自衛隊の多国籍軍入りを図る。退却を転進、全滅を玉砕、敗戦を終戦と言い換えた時代を想起せよ。言葉をごまかす時、為政者は実態を糊塗しようとしている、という記事に注目する。 |
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