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■ 2004.5.17 Mon. 予選3日目、それぞれの演奏は益々熱を帯びているし、審査員たちも評価提出に向かってメモを取るのに忙しい。仙台フィルは今日から練習に入った。無事に予定の演奏を全部終って採点の集計と結果発表。セミ・ファイナルはオーケストラとの共演だから練習時間を確保するには12名以上は残せない。なるべくたくさんの若い人たちに本格的にオーケストラと共演する経験をさせたいが、この物理的な条件は動かせない。今回は幸いにも12位と13位にはっきりした点差があってすんなりと12名を選んだ。通過できなかった人たちと審査員が親しく話しができるミニ・パーティーを3年前の第1回からやっているが、今回も好評だったようである。。 |
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■ 2004.5.18 Tue. お昼の新幹線で帰京。溜まっている郵便物や新聞などに目を通す。誘拐された3人について韓国「東亜日報」の東京特派員が「帰国した3人の姿はまるで海外に護送される犯罪者のようだった」と生還の喜びを表すことも許されなかった状況を説明した後「様々な国の人がイラクで誘拐事件に巻き込まれたが、日本のように人質が謝罪した国はない」と言っている。また、ドイツの日本特派員は「下品、下劣なものを含めて、バッシングの圧力がどんどん加わって、この国は自由にものが言える国ではないことが判った」と書いている。石破 茂さんは2002年5月に既に「徴兵制度は憲法違反だと言ってはばからない人が居ますが、国を守ることが意に反した奴隷的な苦役だというような国は、国家の名に値しない」と言っているそうだ。現在は、たくさんの人々がそう感じているように、既に戦前、或いは戦時下になってしまっているのではないか、心配である。全ての人間には同等に生きる権利がある、という当たり前で、何よりも大切なことを無視する動きが多すぎる。強すぎる。戦争への道をどうしても止めなければならぬ。 |
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■ 2004.5.19 Wed. お昼過ぎの新幹線で大阪へ。フロイデ合唱団、フォーレとモーツァルト「レクイエム」の練習。合唱団の集中力も積極性も充分なので私も油断できない。遅い新幹線で帰京したから、帰宅は日付が変ってからになった。 |
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■ 2004.5.20 Thu. 午後の新幹線で仙台へ。7時から常任指揮者梅田俊明さんも参加して事務局との会議。コンクールが始まっているからオーケストラも事務局も過労気味。デスク・ワークしかしらない人たちには想像もつかないだろうが、精神的な、或いは心理的な疲労が肉体的な過労と同時に来ることの辛さは言葉にはできない。 |
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■ 2004.5.21 Fri 午後2時、ヴァイオリン部門のセミ・ファイナル第1日が始まる。今回はロマン派の協奏曲第1楽章(カデンツァ付)と20世紀の協奏曲という2作品を課題にしたので、オーケストラの負担も大きい。審査終了後、市長招待の夕食会、審査員たちと出席する。 |
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■ 2004.5.22 Sat セミ・ファイナル第2日。こういう段階になると、どの音楽家もみんな次に進んでほしいと思ってしまうが、運営委員長という立場は無理に心と耳を閉ざしてそれぞれの評価をしないように心がけている。これはとても苦しい。 |
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■ 2004.5.23 Sun. セミ・ファイナル第3日。仙台はここ数日異様に寒く、雨続きである。夕刻、ファイナルに進む人たちが決定した。ほんの少しの違いでファイナルに進む人と進めない人が分かれる。コンクールや入学試験などの通常のこととはいえ、惨いことである。いつまでたっても私はこの形に馴染めない。だからといって、それに反対できるような別の方法を持ち合わせているわけでもない。情けない。オーケストラも指揮者梅田俊明さんもさぞくたびれたろう。心からお疲れさま、ご苦労さまと言いたい。ホテルに帰って家内とゆっくり食事。おいしいワインも飲んだ。 |
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