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■ 2003.12.1 Mon. 5時からザ・シンフォニーホールで練習、開演7時。「アテネの廃墟」序曲はベートーヴェンという重々しい印象の名前と違って単純明快であっという間に終ってしまう短さ、お客様が呆気にとられている様な感じが面白い。川久保 賜紀さんのブラームスの協奏曲、音はきれいだし音程も正しい、技術的な欠陥なしだろうと私のような弦楽器の演奏経験の無い者にも想像できる。「4番」、オーケストラが若々しい演奏をした。 |
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■ 2003.12.2 Tue. 午後の電車で鳥取へ。短い練習をして音楽会は6時半開演、ここのホールは音響も素晴らしい。私はザ・シンフォニーホールよりも好きだ。今夜のオーケストラは熱くうねった。 |
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■ 2003.12.3 Wed. 電車で松江へ、宍道湖のほとりのホテル。音響を確かめる短い練習をして音楽会は6時半開演。3日続けてブラームスの「4番」をやってみると、仙台フィルもブラームスをもっと度々演奏する機会を見つけられるといいのだが、と改めて思う。演奏後、藤原浜雄さんや川久保さんなど大勢でご馳走に与かる。 |
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■ 2003.12.4 Thu. 10時過ぎの電車で岡山へ、新幹線に乗り換えて東京駅に着いたのは6時少し前。結構長旅であったと実感。 |
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■ 2003.12.5 Fri. 五反田の病院で採血と採尿。どっと届いた留守中の郵便物と格闘、これが案外疲れる作業である。 |
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■ 2003.12.6 Sat. お昼の新幹線で大阪へ。4時から亀井 正比古さん、フロイデ合唱団の団長、副団長さんと4人で話し合う。どうしたら、よりよい活動ができるようになるのか、永遠の課題のように思える部分もあるが、何しろひとつひとつ誠実に、着実にやっていくしかあるまい。 |
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■ 2003.12.7 Sun. 12時、大阪フィルの「第9」の練習、エキストラの奏者が非常に多い。私の不注意でパート譜を持ち込まなかったので細部がどうも不統一で気になる。来年からは例外なく自分の楽譜を持ってくる必要がある。2時から独唱の皆さんとピアノで練習、韓国のパク・ウン・ウー氏も現れる。菅 英三子さんとはヴィーン留学時代に顔を合わせていたことがわかった。世界は狭い。パクさんのうた、素晴らしい。2時半、独唱、合唱も揃って第4楽章を練習。大阪フィル会館の音響はお世辞にも良いとは言えず、響きが廻るというか、乱反射するというか、大変聴き取りにくい。オーケストラの人たちの負担も気の毒だが、合唱団も戸惑う筈である。終了後、5時から神戸フロイデ合唱団の人たちが来てくれてピアノで練習。会場の響きの酷さが一層はっきりして練習にならない。 |
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■ 2003.12.8 Mon. 午後、行きつけの床屋に寄ってフェスティバルホールへ。3時半から練習、オーケストラはやはり少々ぎこちない。合唱が近年珍しいほど積極性も集中力も無い。あれほど念入りな練習もし、その練習過程で見事な演奏をしていたのにどうしたことか。オーケストラが休憩に入った後、ついかっとなって合唱団にお説教をしてしまった。これは良くない。合唱団の集中力の欠如は、特にここ数回の私の練習のやり方にも問題があるに違いないのだから。演奏会、「フィデリオ」のオーケストラは充実している時の大阪フィルを知る人間としては情けない演奏だった。「第9」はやや持ち直したし、独唱者たちの音楽的なバランスも最上。合唱団を鼓舞しようとして私が少々煽り立てすぎたかもしれないが、合唱団の演奏も見違えるように生き生きとしていた。今日は私の未熟さがすっかり出てしまった。 |
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■ 2003.12.9 Tue. 神戸へテノール、佐藤淳一さん、バス、パク・ウン・ウーさんと4人一緒に行く。4時半から練習、開演は7時。合唱団が昨年にも増して素晴らしかった。昨年のような演奏をすると今年の演奏前は期待よりも寧ろ心配が先に立っていたのだが、それは全く杞憂であった。響きや表情の豊かさも、ドイツ語の発音も言うことなし、幸せな「第9」であった。 |
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■ 2003.12.10 Wed. お昼過ぎの新幹線で帰京。少々疲れたような感じが残っているのは致し方なかろう。 |
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■ 2003.12.11 Thu. 午後2時、3ヶ月に1度の診察をしていただきに病院へ。前回の成績はなかなか良かったのだが今回はだめ、もう少し気をつけるようにと2人とも叱られる。夜、池袋で高齢協合唱団の「第9」の練習。皆さんとても明るく元気である。この方たちの思いをどうしたら音楽の表現として実現できるか、指揮者の力量が試されている。 |
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