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■ 2003.10.9 Thu. 3時から、ザ・シンフォニーホールでスウォン・フィルハーモニー管弦楽団の最後の練習。緊張も高まっているようだがオーケストラの音が充実してきた。19時開演、客席がほぼ埋まっている。よかった。ここ数日秋らしい爽やかなお天気続きだったから、オーケストラの音楽家たちも気持ちよく存分に実力を発揮する筈。第1曲のユン・イサン「レアク」(礼楽)から熱のこもった演奏、客席の反応も熱い。ラフマニノフはオーケストラが歌い、うねって素晴らしい。休憩後の「展覧会の絵」は、こんな難所だらけの作品をどうして持ってきたのかと思っていたが、指揮者パク・ウンゾン氏の見事な先導でオーケストラ全員が火の玉となって突進、いつまでも終らない盛大な拍手とたくさんのブラヴォーをいただく。形だけとはいえ名誉指揮者の称号を頂いている身としては大変嬉しい。アンコールの1曲目に私の「ラプソディ」が若々しい演奏で鳴り響く。続いて韓国の心にしみる小品を2曲。大成功の音楽会、指揮者もオーケストラの音楽家たちも晴れ晴れとした表情、本当に良かった。スウォン・フィルハーモニー管弦楽団は国際的な活動に向けて大きな一歩を踏み出したと言ってよいだろう。この音楽会には河合隼雄文化庁長官もご臨席だったが、終演後、長官や大阪のオーケストラの事務局長さんたちなどと、明日演奏する予定の天津交響楽団の音楽家たちも出席してスウォン・フィルハーモニー管弦楽団の成功を祝って大パーティー。あちらでもこちらでも笑顔がはじけているのは素晴らしい風景。 |
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■ 2003.10.10 Fri. 指揮者のパク・ウンゾン氏と新幹線で名古屋へ。オーケストラの人たちは午後の飛行機で韓国へ戻った。13時から県芸のオーケストラ、17時半までびっしりの練習を全部パク・ウンゾン氏に見ていただく。日本の音楽大学のオーケストラとしては悪くないほうだと私は思っているが、それがパク氏にどのような評価をいただけるのか、そのうちにじっくり伺うつもりである。夕食は私たち夫婦と3人、ゆったり話しをしながら。大変お疲れの筈だから早めにホテルへお送りする。 |
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■ 2003.10.11 Sat. 11時、パク・ウンゾン氏をホテルへ迎えに行って、家内の運転で空港までお送りする。その後、私たちは歯医者さんへ。虫歯になりかかっているものを治療していただき、歯石をとっていただいて今年の点検は終了。 |
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■ 2003.10.12 Sun. 新幹線を乗り継いで仙台へ。4時から家内と室内楽の練習、ラヴェルとフランク・マルタン。仙台はもう少々寒い。 |
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■ 2003.10.13 Mon.(祭) 今日から仙台フィル「定期」の練習。交響曲第4番の完成したスコアを遅くとも今日、写譜屋さんに送る筈だったが、どうも1週間は遅れそうである。有馬大五郎先生が「一流の画家や作家は決して期限に遅れたりはせん、ろくでもない奴に限ってギリギリまで苦しんどる」と仰った、そのお声がまた聞こえてくる。今日から毎日仙台フィルの練習と室内楽の練習があるが、そのあとでスコアを書く。 |
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■ 2003.10.18 Sat. 昨日、今日と仙台フィル「定期」。間宮芳生;プレリュード,アンカンタシオン・エ・ジューはフルート独奏の戸田さん、芦澤さんが素晴らしく、弦楽アンサンブルも緻密な演奏で楽しかった。複雑な譜面だが聴いてくださった方たちにも楽しんでいただけたと思う。練習最終日と演奏会初日には間宮さんも立ち会ってくれたが、演奏に満足してくれた様子であった。「田園」は勿論極めつきの名曲だが演奏は至難。オーケストラは充実した響きで演奏してくれた。プロコフィエフ「道化師」、滅多に演奏されないが面白い作品。私がこれを指揮するのは確か3度目で、国外の出版社の貸譜である楽譜が来てみたら、スコアに私の書き込みがあっておかしかった。 |
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■ 2003.10.19 Sun. 午後、室内楽の練習。明日の演奏会を聞きにわざわざ鎌倉から森川宗弘氏が来てくれて、家内も交えて楽しいお喋りをしながらゆっくり夕食。 |
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■ 2003.10.20 Mon. 午後2時半、室内楽の会場での練習。その直前に「4番」の第1楽章と第2楽章を渡して東京の写譜屋さんに送ってもらう。6時半開演の室内楽、4月の第1回はスタジオホールだったが残響が全く無い所だったので、今回はお隣のギャラリーホール。音響はだいぶマシである。ラヴェル、フランク・マルタンのうたの入った、実際の演奏で聴くのは珍しい作品をフルート、ヴィオラ、チェロに助けてもらって、私もピアノで参加して家内と演奏。休憩後は、これもなかなか演奏されないショーソン;ヴァイオリン、ピアノと弦楽四重奏の協奏曲。ピアノの庄司美知子先生にご推薦いただいた阿部祥子さんという若いピアニストがこの音楽会のためにドイツから帰ってきてくださった。西江辰郎さんも、宮崎さんが加わった四重奏も、勿論ピアノも素晴らしく、お客様に堪能していただけたようである。会場の予約が半年前でなければできないという日本中で困っている仕組みのために、来年4月に予定している第3回の予告がハッキリ出来ないのが残念。終演後、出演してくださった皆さんや庄司先生などと小さなパーティー。 |
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■ 2003.10.21 Tue. 新幹線で帰京。 |
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■ 2003.10.22 Wed. 完全に徹夜して、ようやく第3楽章も完成。午後、大阪へ向う新幹線の東京駅プラットフォームで長年お世話になっている藤本 誠さんに手渡す。今はもうご自分では写譜しておられないのだろうが、音楽のこと全般や作曲という作業について知り尽くし、細やかな心配りをしてくださるこういう人、いわば大切な縁の下の力持ちに助けられて私たちの演奏も作曲も成り立っているのだな、と思う。大阪で床屋に寄ってから、今年初めてのフロイデ合唱団「第九」の練習に行く。演奏会まで一ヵ月半以上もあるこの時期としては、びっくりするほど充実した演奏である。勿論、ベートーヴェン特有の、決して声楽的とはいえない部分がたくさんあるから細かい部分はこれから磨いてゆかなければならないが、お祭りのように「第九」を使って騒ぐのとは正反対の、まっすぐベートーヴェンと向き合った「大人の第九」ができそうである。私も改めて楽譜を見直そう。新幹線で名古屋へ。 |
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■ 2003.10.23 Thu. 8時、主治医の先生による定期検診、インフルエンザの予防接種もしていただいた。 |
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