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■ 2003.9.29 Mon. 10時20分からJR大久保駅近くで第2回仙台国際音楽コンクール・ピアノ部門のテープ審査。審査委員長の野島 稔さんを始め審査員は3人、私は運営委員長として立ち会う。世界の若いピアニスト160人以上の演奏を聴くわけだが、ピアノの状態や録音の質がばらばらで、率直に言って、中には特に録音状態など酷いと言わざるを得ないものもあるのは残念。先日のヴァイオリン部門も今日のピアノも、全体の水準が大変高いという印象を受けた。嬉しいことである。10月6日に初演する予定の北爪道夫さんの「管弦楽のための協奏曲」のスコアが届いた。完成お祝いの電話をして元気なお声を聞く。 |
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■ 2003.9.30 Tue. ここのところ好い天気が続いていて気持ちが良いが、地震や火事や事故、医療ミスなど嬉しくないニュースばかりである。こんなことで私たちのクニはどうなってしまうのか、と思う。 |
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■ 2003.10.1 Wed. 一日、いろいろな勉強や準備で過ごす。 |
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■ 2003.10.2 Thu. 眼科の検診。すべて順調、と当たり前のように言っていただいたが、これが決して当たり前ではないこと、素晴らしいお医者様に見事な手術をしていただいた結果であることを、だんだん理解するようになってきた。白内障について、その手術について私はほとんど何も知らなかったことが判ってきたのである。私は本当に幸運だったのだとつくづく思う。 |
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■ 2003.10.3 Fri. 10時半〜3時半、東京都交響楽団の練習、北爪道夫さんの作品4曲。特に新作「管弦楽のための協奏曲」に神経を遣ったが、クラリネット協奏曲も室内楽的な書法で特別な集中を要求する作品。オーケストラはさすがに基本的な能力の高さを示して見事な反応。 |
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■ 2003.10.4 Sat. オーケストラの練習というものは初日と二日目では、特にはっきりした相違がある。現在の東京都交響楽団はそれを、一層はっきり示すほどの素晴らしい力を持っていることが判る。練習は和やかに進んでいる。私がもう少し勉強して細部を整える必要がある。 |
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■ 2003.10.5 Sun. 練習3日目も無事に経過。北爪さんは3日間練習に立ち会って、いろいろ細かい意見やご注意をくださった。新作の初演は責任重大、本当は素晴らしい作品なのに演奏が悪くて初演が失敗したという例は音楽史上に珍しくないのだから緊張する。 |
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■ 2003.10.6 Mon. 3時から最後の練習をサントリーホールで。練習所とまったく響きが違う所で音量や音質を整える作業を短時間ですることは、いつものことながら、不可能に近いほど難しい。オーケストラは敏感に反応してどんどん動いてくれる。6時から北爪さんが舞台でコンサート・プレトークをしておられるのを楽屋のモニターテレビで聞きながら着替えをする。音楽会は7時開演。クラリネット協奏曲、独奏者もオーケストラも特に良かった。休憩後の「管弦楽のための協奏曲」、舞台に出て行ったら指揮棒が譜面台の上にないことに気付いたが引き返すわけにもゆかず、指揮棒なしで振ることになった。そのせいか、どの練習とも違う表情になったが「初演」の責任は果たせたようである。お客様から作曲者は特に盛大な拍手をいただく。「映照」は私にとってはもう古典のような感じ、色彩の饗宴、工夫を凝らした細部、うねり、昂まって噴火する頂点、見事な作品。今夜の第1曲「はじまりの海から」を始めて指揮したので、私は遂に北爪道夫の全オーケストラ作品を指揮したことになった。だから何だということもないし、特別に自慢することでもないのだが、やはり少々嬉しい。同時代の優れた作曲家の作品を演奏する機会をたくさん持てたことに感謝。終演後舞台裏で小人数のパーティー、北爪利世先生も元気にご出席であった。 |
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■ 2003.10.7 Tue. 10時半過ぎ、小出信也さんご夫妻がみえる。11時過ぎ、坂本玉明氏到着。11月の坂本さんの音楽会で演奏する、3人のための私の新作を練習。狭い部屋にフルート、ヴァイオリン、ピアノが鳴り響いたのは初めて。家内は酷い頭痛で倒れている、珍しいことである。午後の新幹線で、まだ弱々しい家内と大阪へ。6時半過ぎ、今日韓国から到着したスウォン交響楽団の指揮者、朴 恩聖氏、副指揮者、姜さんにお目にかかって、4人でよもやまの話をしながらゆっくり食事。家内もやや元気になった様子。 |
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■ 2003.10.8 Wed. スウォン交響楽団が明日の演奏会で「展覧会の絵」を演奏する予定だが、韓国出発直前にサキソフォーン奏者の都合がつかなくなったと聞いて、日本の若い奏者を私が推薦した。その人を連れて10時、ザ・シンフォニーホールへ。久しぶりにスウォンのオーケストラの人たちに会う。熱のこもった練習は1時半まで続いたが、途中で家内はまた具合が悪くなって1人でホテルへ戻った。昨年も今頃、風邪気味かな、と言いながら寝込んだことがあるのは季節の変り目にかけて私が山のように雑用を押し付けるからかもしれない。反省の必要がある。夕食は音楽監督朴 恩聖氏を始め、オーケストラの人たち数人とゆっくり話しをしながら楽しいひとときを過ごす。家内も何とか同席、思ったより食欲も戻った様子で一安心。 |
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