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■ 2003.9.17 Wed. 11時から日本フィルの事務所で来年3月の演奏会の曲目についての打合せ。4時前の仙台行きの新幹線に乗る予定だったが、どういうわけか都内の道路が大混雑で乗り遅れた。 |
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■ 2003.9.18 Thu. 10時半、仙台フィル「定期」の練習を見に行く、指揮は広上淳一さん。相変わらずの張り切りぶりでモーツァルト:13管楽器のグラン・パルティータを大声で歌ったり踊ったりしながら細かく練習している。仙台フィルが長い間望んでいた練習公開が遂に実現、今日が初日である。休憩後の11時45分からお客様に入っていただく。事務局は準備の時間が短くて宣伝不足だから30人程度の方たちがいらしていただけるとありがたい、などと言っていたが、120〜130人がいらしてくださった。モーツァルトの練習の続きとバーンスタイン「ディヴェルティメント」という、やたらに派手な作品で約1時間の公開を終る。お客様には楽しんでいただけたようだが、この試みを続けていく為に事務局などに過重な負担がかからないかどうか、ホールに予想外の迷惑がかかっていないか、など音楽監督としては詳細に状況を知る必要がある。午後の新幹線で東京へ戻り、18時から仙台国際音楽コンクール運営委員会、最終的な応募者数が出た。幸いなことに前回の応募者数を上回ったそうだが、これほど高水準のコンクールにこんなにたくさんの人たちが興味を持つことは何だか恐ろしいような気もする。 |
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■ 2003.9.19 Fri. 様々な事務的な連絡、書類の処理などに時間を取られる。溜まっている新聞にようやく目を通す。 |
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■ 2003.9.20 Sat. 新幹線で名古屋、13時〜17時30分、県芸オーケストラの練習。夏休み明けで、しかもたった二日半の練習で多種多様な曲目をこなさなければならないが、学生諸君は健闘している。二人のピアニストはあまり感心しないが、他の独奏者たちはそれぞれ、ぎりぎりの努力の跡が見える。オーケストラの中ではコントラバスが弱い、弱すぎる。10人の奏者を揃えてこんなことでは一体どうすれば良いのか。夜は家内の母が名古屋国風会大師範とかで、ともかく琴の「大師範」という称号を頂戴したのを祝って4人で乾杯。 |
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■ 2003.9.21 Sun. 今日も13時〜17時30分の練習。エネスコ:ルーマニア狂詩曲第1番もだんだん形がついてきた。大阪へ行くついでがなくて髪が伸び放題になってしまったので練習後、家内が行きつけの美容院で少し髪を切ってもらう。とても繊細な感覚の男性美容師さんである。 |
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■ 2003.9.22 Mon. 8時、月一度の健康診断。11時、お寺に伺って法然上人に関わる新しい作品について、二人のお坊様にいろいろ教えていただいたりご相談したり。3時、安城の歯医者さん(家内の小学校のクラスメート)で年一度の検診。そのまま県芸へ直行、5時半〜8時半練習。ぐるぐる走り回ったから家内は130km程運転したことになった。 |
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■ 2003.9.23 Tue. 11時〜13時半、奏楽堂で最後の練習。二日半の練習で一つのまともな音楽会を作るという課題はともかく何とかこなせたかな、というところだが、このような経験をしてみると弱点も明らかになる。今後、私たち指導グループが更に緻密な計画を立てて、学生諸君一人一人の能力を最大限引き出す努力をすることが必要である。学年による差別などは論外であるし、能力の劣る者は、はっきり具体的に指摘するのも教育というものであろう。演奏会は15時開演、屋外で過ごすと気持ちの良い爽やかなお天気の休日なのに、奏楽堂に半分ほどのお客様が来てくださる。私の計算違いで2時間半ほどのやや長めの音楽会になってしまったが、オーケストラも独奏者たちも、みんなきちんと力を発揮したし、アンコールのベルリオーズ:ラコッツィ行進曲まで、お客様にも楽しんで頂けたようである。7時半の新幹線で帰京。 |
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■ 2003.9.24 Wed. 10時20分からJR大久保駅の近くで、第2回仙台国際音楽コンクール、ヴァイオリン部門のテープ審査。宗 倫匡審査委員長を含めて3人の審査員、私は運営委員長として立ち会うだけだが、世界中の若者が精魂込めて奏くヴァイオリンを1日中聴き続けると疲れる。審査される方々はもっと大変だろう。 |
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■ 2003.9.25 Thu. 夕方の新幹線で名古屋へ。 |
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■ 2003.9.26 Fri. 10時半、県芸の「指揮法」、モーツァルト「39番」の第4楽章をやる。モーツァルトの恐ろしさも、指揮の微妙さも何となく感じ始めてくれているようである。1時からは夏休み後最初のオーケストラの「授業」。実は私は授業とは思わず、練習だと思っているのだが、2か月半も練習していない作品を3曲やるとオーケストラの実力が正直に現れる。6時過ぎの新幹線で帰京。 |
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■ 2003.9.27 Sat. 新幹線で仙台へ。1時から来年2月の日本演奏連盟新人コンサートのためのオーディション。私を含めて審査員は4人。ピアノやサクソフォーン、ソプラノなど才能豊な人たちを選ぶ。夕方の新幹線で帰京したが、今日は行きも帰りも駅の構内もたくさんの人で大混雑、いわゆる観光シーズンのせいなのだろうか。今日は母の命日、90歳近くになっても美味しそうにワインなどを飲んでいた母を偲んで家内と二人、日本酒で乾杯。 |
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■ 2003.9.28 Sun. 快晴。2時、東京文化会館(上野)の大リハーサル室でフォーラム「共に創る音楽のよろこび 子どもとプロミュージシャンの出会い」というものに出席。パネリストの1人だったのだが、第1回から昨年の第5回まで実行委員長として関わってきたオーケストラと子どもたちが共演する「実験工房」、東京都教育委員会の組織の合理化効率化などの影響で今年は音楽会ができなくなった。それをどうすれば良いかについて、子どもたちの親御さんや音楽家たちなどとしばらく話し合った。オーケストラの音楽家が組織運営その他、子どもたちの個人的な技術指導も含めて、総ての責任を負うのはあまりに負担が多いだろう。子どもたちにとってもオーケストラの音楽家たちにとっても重要な意味のある試みだったのだから、何とかして継続、発展させたいが、実際に動ける「実働部隊」が強力である必要がある。多忙な音楽家たちにそこまで要求することは難しいかもしれない。討論の始まる前に、子どもたちのフル・バンドが素晴らしい演奏を聞かせた。そのメンバーの1人がこの「実験工房」に参加して様々な音楽体験だけでなく、いろいろな立場の大人たちとの触れ合いでどれほど多くのものを学んだかを語り、だから、どうしても来年も続けたいと語ったのは、その明晰で簡潔な話し振りも含めて、私に深い感銘を与えた。 |
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