■ 2003.9.1 Mon.
 明日からの旅行の荷物は昨日およそ作ってしまったから、今日は案外ゆったりと過ごした。勉強が間に合わないような感じが残っているのが気懸かり。

■ 2003.9.2 Tue.
 9時、3ヶ月に一度のチェックをしていただきに病院へ。先日の検査の結果が先生のお手元に届いていて、今回はいいですよ、と褒めていただいたが、それは前回があまりに酷かったからで安心はできない。食べるものに気をつけること、何とか運動する機会をみつけることが課題。一旦家へ戻って12時半、成田に向って出発、今日から韓国である。6時半ソウル・インチョン空港に着くと指揮者、朴 恩聖氏が出迎えてくださる。朴さんの運転で市内へ、素晴らしく美味しい夕食。いつもと同じホテルで安心して眠る。

■ 2003.9.3 Wed.
 日本語の上手な年配の運転手さんをKBSが派遣してくれて、10時からKBSのスタジオでKBS交響楽団との練習。夏田鐘甲さんの前奏曲「巴」とワーグナー「ニュルンベルクの名歌手」前奏曲、11時20分までが私の持分であったが15分ほどを残して終了、後を朴 恩聖氏に渡す。20分の休憩を挟んで朴 恩聖氏の練習、「魔弾の射手」序曲を入念に細部まで練習しておられるのを見て、そのあまりの丁寧さに同業者としては多少はらはらしたが、オーケストラもよくそれに応えた。80歳のバス歌手オウ・ヒョンミョン氏が歌う林 元植先生作品の奥深さが強烈に印象に残る。朴 恩聖氏の練習を1時まで見学してホテルへ戻る。

■ 2003.9.4 Thu.
 今日の練習は私が後半なので11時40分開始、夏田さんの作品もワーグナーもオーケストラがもうすっかり身につけてくれて充実した響きである。練習は短い時間で終る。その後朴 恩聖氏の運転で水原へ。私たちが食べたいと望んでいたチュオタン(泥鰌鍋)の専門店が水原にあるのは偶然だったが、そこで素晴らしい昼食となる。その後、水原交響楽団のスタジオに行って日本から持参した「ラプソディ」用の打楽器を渡し、集まってくれた打楽器奏者たちに少々説明する。10月に水原交響楽団が大阪で行う演奏会のアンコールに「ラプソディ」をやるかもしれないのだそうである。ソウルへ引き返す高速道路が相当な混雑で、これは来週初めの3日間が韓国の祭日(いわばお盆)なので、その連休の早い始まりだろうということである。一旦ホテルへ戻って手早く着替えを済ませ、韓国指揮者協会の人たちの待つレストランへ向ったが、その道路の混雑のすさまじいこと。東京で酷い渋滞には充分に慣れているつもりだったが、そんなものをはるかに超えて幅の広い道路いっぱいに車がびっしりでまるで動きようが無い。辛抱強く待っていてくださった指揮者協会の方たちのところには大変な遅刻で到着。夕食を頂戴しながら来年8月、仙台で行う筈のセミナーについて具体的な相談をする。

■ 2003.9.5 Fri.
 午後3時、アートセンター(芸術の殿堂)で最後の練習。7時半開演の音楽会は関係者の方たちの心配をよそに、ほとんど満員のお客様。私の出番は休憩後すぐだった。ワーグナーもたくさんの拍手を頂戴したが、特に夏田鐘甲さんの前奏曲「巴」はオーケストラが特別な集中力を発揮したし、お客様からたくさんのブラヴォーを頂戴した。ソウルでは珍しいことだと聞いた。演奏会後、ホールのフォアイエでの小さなパーティーに出席した。何人もの林 元植先生と親しかった方たちが短い話をなさった。地位の高い方たちもたくさんご出席だったそうである。林 元植先生の奥様も、さぞ深いお悲しみの中であろうに、優しいお顔でずっと立っておられた。朴 恩聖氏、姜 _煕氏、イム・ヒョンチョル氏と私たち二人は私たちのホテルへ戻ってお疲れ様の乾杯、勿論最初の一杯は天上の林 元植先生に捧げた。

■ 2003.9.6 Sat.
 9時半ホテルを出発して飛行場へ。お昼過ぎの飛行機で成田。3時間近い待ち時間で仙台へ飛ぶ。50人乗りだとは聞いていたが、私たちはうっかり当然ジェット機だと想像していた。実は小さな双発のプロペラ機、外から見ると、とても荷物など積めそうも無いと思ったが、立派に安全に飛んでくれて8時半過ぎ、仙台のホテルに着いた。私にとっては久しぶりのプロペラの小型機、家内には初体験、少々スリリングだった。

■ 2003.9.7 Sun.
 午後1時、仙台フィルの練習。金沢行きの練習だから「タンホイザー序曲」を念入りに。現代日本の作品もざっと譜読みだけする。夕方、国分町のヤマハの一角を借りて室内楽の練習。フルートの芦澤さん、ヴィオラの佐々木さん、チェロの原田さんが疲れているのに熱心に付き合ってくださった。

■ 2003.9.8 Mon.
 3時過ぎの飛行機でたくさんの仙台フィルの人たちと金沢へ。寒い夏だった筈が一昨日からの日本は真夏に逆戻り、本当に暑い。夜遅く帰ってきた岩城宏之さんとホテル最上階のバーでしばらくお喋り。

■ 2003.9.9 Tue.
 10時半から石川県立音楽堂コンサートホールで練習。昨日から、数年前までの風景と比べて金沢駅前が見事な変身を遂げていることにびっくりしていたが、この音楽堂のなんと素晴らしいことか。コンサートホールも邦楽ホールも夢のような理想的な内容。岩城宏之さんはこのホールの芸術総監督で音楽監督も兼任しているそうだが、それよりオーケストラ・アンサンブル金沢がこのホールをフランチャイズとしているのが素晴らしい。公共のものだから一団体に独占させるのはけしからん、などというつまらぬ理屈に耳を傾けなかったことも、このように決して多くない人口の町で、こんなに充実した豪華な拠点を作ったことも、これこそ「文化」というものであろうと私は思う。文化を本気で大切にする町は本当に羨ましい。最初の練習はオーケストラ・アンサンブル金沢で、仙台フィルの日比野さん独奏でウェーバーのクラリネット協奏曲もある。合同の練習は昨年夏、仙台でも合同が実現していたことや岩城さんの見事な統率振りもあって順調に進んだ。仙台フィルはオーケストラ・アンサンブル金沢のコンサートマスター、マイケル・ダウス氏とサン・サーンス「序奏とロンド・カプリチオーソ」をやる。その後「タンホイザー序曲」を練習。仙台の私たちが使わせて頂いているホールも残響時間の長い、良いホールだが客席数800はあまりに少なく、ホール内の空間が狭い(容積が少ない)のはコンサートホールと呼ぶには無理がある。私たちが仙台市青年文化センター・コンサートホールで「定期演奏会」ができること、その「定期」の練習はたいていそのコンサートホールを拝借できることはオーケストラにとって大変幸せである。このホールで演奏できるために仙台フィルの音色も音質も音楽も成長し、変化してきたと思う。しかし今回、仙台フィルの音楽家たちはコンサートホールとは本当はどんなものであるかを再び体験し、確認してしまった。私たちはリンツのブルックナー・ハウスもウィーンのコンツェルトハウスも経験してきたが、遠いヨーロッパではなく、この日本で私たちの同僚のオーケストラがこのような規模の町で、素晴らしいホールは勿論、練習室も、楽器庫も、楽譜室も、事務局も、総てを供えた本拠を占有していることは、まるで奇跡のように見える。そして「タンホイザー序曲」を丁寧に練習したあと、あちらでもこちらでもホールについての感想が話し合われていた。管楽器も弦楽器も音の出し方(管楽器なら、例えば息の吹き込み方)が変わるのだという。仙台の藤井市長にお出ましいただきたかったとも言い合った。練習後、すぐ隣のホテルでオーケストラ・アンサンブル金沢が私たちを招いてパーティーを開いてくださった。両方のオーケストラの音楽家たちと岩城さんご夫妻、私たち夫婦と双方の事務局の方たちなど、和やかな、賑やかなパーティーを楽しむ。

■ 2003.9.10 Wed
 3時から練習、開演は7時。ほとんど満員のお客様である。第1曲が仙台フィルの「タンホイザー序曲」、私もいささか緊張気味だったに違いないが、オーケストラがまるで外国での演奏のような雰囲気で、空気が張り詰めていて、しかも表情豊かな演奏、自分たちのことだが、うん、なかなかのものだと思えて拍手もたくさん頂戴した。マイケル・ダウス氏のサン・サーンス、ヴェテランらしく、じっくりと楽しませてくれる。岩城さん指揮の「金沢」と共演した日比野さんは緊張気味で普段の日比野さんの自由自在な音楽がやや影をひそめていたのは残念。賑やかに合同演奏したあとのアンコールはまず私が「NTVスポーツマーチ」(黛 敏郎作曲)を指揮、2曲目は岩城さん指揮で「NHKスポーツテーマ」(古関ゆうじ作曲)で開場が盛り上がった。華やかなお祭りだったな、というのと、金沢に招いていただいた私たちが、その「定期」という大切な場を傷つけないで済んでほっとした、というのが実感。

■ 2003.9.11 Thu.
 昨夜で仙台フィルの金沢での「業務」は終ったから、大部分の音楽家と事務局スタッフは帰ってしまうが、31人の音楽家たちとステージマネージャーの大久保斉象さんと私は居残り。今日明日練習で、明後日行われる「第4回現代日本オーケストラ名曲の夕べ」(日本オーケストラ連盟主宰)に参加するのである。オーケストラはオーケストラ・アンサンブル金沢と仙台フィルが中心になって、日本各地から集まってくる音楽家たちによるオールジャパン・シンフォニーオーケストラ。岩城宏之さんと私が指揮する。岩城さんは第1曲の武満 徹「夢の時」と最終曲、石井眞木「響層」、私は夏田昌和「アストレーション」、湯浅譲二「ピアノ・コンチェルティーノ」、尾高尚忠「ピアノと管弦楽のための狂詩曲」を指揮、ピアノ独奏は木村かをりさん。作曲者夏田昌和さんが練習初日から立ち会ってくださる。先日、私がソウルで指揮した「前奏曲 巴」の作曲者夏田鐘甲さんは昌和さんのご尊父だが、ご病身にもかかわらずわざわざ金沢まで来てくださった。今日の練習は13時〜18時。短時間の弦楽器、管楽器、打楽器の分奏から始まり、ともかく時間内に全曲を練習した。

■ 2003.9.12 Fri.
 10時〜16時の練習。岩城さん担当の2曲が特に大曲だから難航している様子である。引き続きお天気は好いし、まるで真夏の暑さである。今頃暑くなっても東北のお米や果物の惨状は改善されないだろう。

■ 2003.9.13 Sat.
 10時半から最後の練習、開演は6時。今夜もたくさんのお客様が来てくださる。日本の現代作品を演奏するのは特別なことではないと岩城さんが日常の活動を通じて言い続けておられるからだろうが、この町で、こんなにたくさんの方が音楽会に来てくださることに感銘を受ける。演奏前に岩城さんと私で短いお喋り、作曲者夏田昌和さんに加わっていただいたが、客席に居られた父君、夏田鐘甲さんもお客様にご紹介できて私は嬉しかった。武満も夏田もしっかりした演奏。その後で改めて湯浅さんに登場していただいて話しを伺う。木村かをりさん、いつもながら美しい音、精緻な演奏で湯浅と尾高尚忠を名演。最後の石井眞木はオーケストラと岩城の熱演で大拍手。充実した面白い演奏会だった。

■ 2003.9.14 Sun.
 お昼前の飛行機で帰京。小松空港で航空ショーがあるとかで予想外に車が多くてはらはらしたが、飛行機の発着も、そのショーのためにだいぶ遅れた。どうも釈然としない感じは残る。帰宅したら室内はまるで温室のよう、最高気温が34度になったことが記録されていて、エアコンディショナーを強力にしてもなかなか涼しくならない。約2週間であちこち飛び回ったせいで、さすがに少々くたびれている。

■ 2003.9.15 Mon.
 東京も真夏並の暑さ、夕べはゆっくり眠ったはずなのに、まだ疲れが残っている。今日は近所の神社のお祭りで、御神輿が青梅街道を練り歩いたりしている。大人たちが嬉しそうに法被に鉢巻姿で歩き回っているのが微笑ましい。こういう昔からの住宅街ならではのいい光景だな、としばらく眺めている。今日はたまたま第3月曜日なので15日がそのまま「敬老の日」だったのだそうだ。来年からは、それが何日だろうが第3月曜日が敬老の日と、いつの間にか政府が決めていた。他の祝日もいくつも移動可能にして、その理由は連休を増やすためだそうだが、それぞれの日には意味があったはずで、こんな考え方を理解することは私には難しい。

■ 2003.9.16 Tue.
 久しぶりにピアノの調律をしていただく。今回はそれほど酷い状態ではなかったらしい。名古屋でビル爆発の大惨事、言うべき言葉も無い。