■ 2003.4.11 Fri.
 左目で経験済みのはずなのに、手術後2日目はまだいろいろと不安である。うっかり目をこすってしまわないか、どこかにガンとぶつかりはしないかと心配。そんな状態で用心しながら夕方の新幹線でそろそろと仙台へ。仙台もさすがに春の気配、桜はまだちらほらと咲きかけ。

■ 2003.4.12 Sat.
 当分うつむきの洗髪は禁止、仰向けなら良いとのことでホテルの美容室で洗髪してもらう。女性ばかりの所へ入っていくのも、仰向けで洗髪してもらうというのも不思議な感じ。こんなに丁寧に髪を洗ったことはないなと思う。1日おきに来週末まで予約した。2時から簡単な打合せ、3時からイズミティ21大ホールで仙台フィル「オーケストラと遊んじゃおう」の練習。梅田俊明さんがテキパキといろいろな指示をして進めてくれる。今回の司会進行役TARAKOさんも参加しての練習だが、オーケストラのステージ・マネージャーやインスペクターが昨年の経験を生かして見事な働きぶり。オーケストラの音楽家たちも積極的にどんどん動いてくれる。新作「ドレミファころころ」は、どうやらいろいろな計算違いが重なって失敗作である。明日の演奏には間に合わないがなんとかしなければならぬ。メガネなしで指揮譜面台に置いたスコアが明瞭に読み取れる。お医者様が手術の翌日、左の時も右の時も、眼帯をはずして細かい活字を見せながら「お仕事にどうですか」と訊いて下さった意味が、ようやく判った。その時は「大丈夫です」などと曖昧にお答えしていたのだが、このように見事に見えると、改めて現代医療を信じる気持ちになる。本当に現代の奇跡のように私には思える。

■ 2003.4.13 Sun.
 10時から楽器博物館、いろいろな楽器を展示するだけではなくて、子どもたちに実際に触ったり、奏いたり、吹いたりしてもらうもの。たくさんの子どもたちが集まってきてくれたが、その子どもたちに説明したり演奏の仕方を教えたりする仙台フィルの音楽家たちも大忙し。11時からは演奏会、金管五重奏の「ワシントン・ポスト」の演奏に乗って音楽家たちが客席のいろいろな入り口から入ってきて舞台上に集まり、やがて全員での演奏になるのが始まり。TARAKOさん(ちびまる子ちゃんの声で有名だそうである、知らなかった!)の明るく、判りやすい進行で子どもたちも面白がってくれる。楽器持参の子どもたちを舞台に乗ってもらって「ドレミファころころ」、やはりこれはだめである。すぐに書き直しの必要がある。昼食後2回目の楽器博物館は2時、音楽会は3時。すぐ近くのグラウンドでベガルタ仙台の試合があり、ものすごい渋滞が予想されていたこともあって2回目はお客様がやや少なかったのは残念。しかし、仙台フィルハーモニー管弦楽団が音楽家たちの大奮闘だけではなくて、事務局も総出でこのような音楽会をつくっていることは大切だと思う。自分たちのことではあるが、素晴らしいと思う。

■ 2003.4.14 Mon.
 1時から若林文化センターでホルンの入団オーディション、応募者50名。モーツァルトの協奏曲、第1楽章を何十回も続けて聴くと、さすがに疲れる。第2次審査に非常に能力の高い人を含めて3名が残ったが、1人を選び出すことができなかった。いわば仕切りなおし、残念。この文化センターの裏に見事な枝垂桜あり、それが将に満開、美しい。8時、市民会館に行って仙台放送合唱団「ダフニスとクロエ」の練習。皆さん集中してラヴェルの難曲に挑戦、いい感じである。

■ 2003.4.15 Tue.
 1時、今日はトロンボーンの入団オーディション、応募者70名。2日続けて熱のこもった金管独奏を聴き続けるというのはかなりの苦行であるが、皆さんの熱意に応えようと私たちも真剣に耳をすます。3人が第2次を突破して第3次(オーケストラの中で何度か一緒に演奏する)に進むことになった。めでたい。

■ 2003.4.16 Wed.
 今日から青年文化センター・コンサートホールで仙台フィルの練習、1時開始。ラヴェル「ダフニスとクロエ」の複雑なスコアもメガネなしでOK。お医者様に大感謝。仙台フィルは「ダフニスとクロエ」の第2組曲も長い間演奏していないから練習初日の今日はタイヘン。全曲は仙台初演だそうである。モーツァルト「ジュピター」は私にとっては久しぶり、ラヴェルと全く異なった意味で、これも演奏するのはタイヘンな作品である。オーケストラの人たちは私がメガネなしで練習しているのに気が付いて、どうしたのかと訊きに来てくれる。内心大得意であるが、これはお医者様のおかげ、どんなに感謝しても足りない。

■ 2003.4.17 Thu.
 仙台の桜も満開に近い。午前中、家内と散歩に出る。今日の練習は3時から。モーツァルトを少し丁寧に練習してからラヴェル。夕食の休憩をはさんで7時からは合唱団も参加してラヴェルをもう一度冒頭から。合唱団は40人ほどだが、このコンサートホールの残響時間が長めの響きの中で、大編成のオーケストラに負けない豊かな響きで予想以上に素晴らしい。安心した。

■ 2003.4.18 Fri.
 1時半、仙台フィルの専務理事、事務局長、演奏事業部長などに同行していただいて市役所へ、新任の市民局長、次長にご挨拶する。3時開始を予定していた練習を5時開始に変更したのだが、2時半にはコンサートホールに到着して、じっくりスコアを見直す。5時からの練習はモーツァルト約1時間、7時からはラヴェル。手放しで「上手く行っている」と思えるような作品ではない。音色も、音質も、リズムも、テンポも、どんなに細やかに神経を配っても足りないと思わせる繊細さと豊かさのかたまり、あまりにも豊かな作品なのだと思う。家内は5日連続のフランス語で疲れている様子。

■ 2003.4.19 Sat.
 3時、最後の練習。ラヴェルもモーツァルトも私にとっては緊張の連続。オーケストラも合唱団も、いつもにも増して緊張を強いられる要素が多いはず。開演7時、完全な満席で家内も座席をお返しして立席、嬉しいことである。モーツァルトにたくさんの拍手を戴く。ラヴェルは「全員火の玉」のような有様になった部分があったとすれば、それは指揮者が興奮しすぎたせいで、オーケストラも合唱団も素晴らしかった。合唱団、気にしていた無伴奏部分の冒頭にちょっとした事故があったが、それをすぐに立て直してみせたのは、さすが大人の合唱団である。それに、リズムの鮮やかさと共に、響きのまろやかで、伸びやかなこと!!! この合唱団とたびたび共演したいと思わせる。仙台フィル今シーズンの幕開けとしては上々であろう。オーケストラと一緒に大役を果たしたという感じ。

■ 2003.4.20 Sun
 小雨、新幹線で帰京。仙台も桜の盛は過ぎて新緑が始まる気配だが、東京に近づくと、もう 濃淡様々な緑が美しい。胸がときめくような季節である。久しぶりに帰った家の窓から見える景色も、室内も明るい。特に室内の白や青が輝くように明るく見える。手術を勧めていただいた意味の大きさを、また痛感する。

■ 2003.4.21 Mon.
 手術後初めての診察をしていただきに病院へ。裸眼で右が1.0、左が0.7、「よく見えていますよ」とのこと。今日から顔を洗ってよい、うつむきの洗髪をしてもよいとお許しをいただく。とても大きなご褒美を頂戴したような気分。家内がほっとしているのが判る。

■ 2003.4.22 Tue.
 11時、日本フィルハーモニー交響楽団の事務所で来年の演奏会の打合せ。いろいろな案が出たが、普段は前面に出てこない楽器を聴いていただくことや、コンサート・マスターとは何をする人なのかを主題にしてはどうか、と話し合った。2時、ピアノの調律に来てくださる。それほど酷くないとのことだが、やはり室内の乾燥が問題のようである。昨日の新聞に仙台の女性の投書が載った。航空自衛隊が「第2の対人地雷」と呼ばれる悪魔の兵器クラスター爆弾を87年から02年にかけて148億円分購入、配備していること、更に恐ろしいのは、このクラスター爆弾を国内企業がライセンス生産していることだ、という趣旨である。今朝の新聞は経済同友会が日本国憲法の改正が必要だとする提言をまとめたこと、それは戦争、軍備の放棄を定めた憲法9条の見直しの他に、前文、国民の権利・義務などを含めた包括的な改正を求めるものである、と報じている。私は最近、山田洋次さんの「平和憲法を持つぼくたちの国は、今こそ、戦争だけはするな、そのためならどんな努力でもするから、と世界の人たちに誇りを持って語りかける時だ」という発言と、ジェームス三木さんの「あなたは戦争する勇気と、戦争しない勇気と、どちらを選びますか。明治憲法下の57年間、日本は日清、日露、日中、第1次、第2次世界大戦などで、数百万人の命を失い、おびただしい数の外国人の命を奪いました。日本国憲法下の57年間、日本は一度も戦争を起こさず、戦争では外国人を、ひとりも殺していません。これほど明解な国際貢献が、ほかにあるでしょうか。」という発言を読んだ。私はそれに深く共感する。