■ 2003.4.2 Wed.
 朝から小雨。お昼前に入院、白内障の手術、明日先ず左目の予定である。手術は小学校1年生12月の化膿性胸膜炎以来だから不安が無いとは言えない。入院も1967年の急性肝炎以来である。丁寧な診察と説明、点眼などがあったが他には何もすることが無い、というのが「非日常」を実感させる。病室は不思議なほど静か。食事もそれほど不味くない。

■ 2003.4.3 Thu.
 朝6時起床、といっても、たたき起こされたわけではない。見晴らしの良い明るい部屋の大きな窓に薄いクリーム色のブラインド1枚だから、この季節の明るさが自然の目覚し時計になるというわけ。顔を洗い、髭をそっても7時前、7時半頃には朝食、8時にはもうお医者様の診察、手術を予定通りやれる状態だそうである。11時過ぎから30分おきに点眼、これは手術への序奏。2時頃、車椅子にのせられて手術室へ。やはり「いい気持ち」というわけには行かない。慎重な準備の後で手術開始。点眼による充分な麻酔で痛みはないが、目のどこかにメスが入る、という感覚はお医者様を100%信頼していても、やはり不気味である。リラックスしたほうが良い、力が入らないようにしたほうが良い、と教えていただいたとおりにしようと考えているのに、自分でもこわばっている事に何度も気付く。手術そのものは20分ほどだったのだろうか。無事に終って車椅子で病室へ戻る。2時間はベッドで絶対安静だが、その後は普通に歩いてよい。但し、顔を洗うことは出来ない、シャワーも風呂もダメ。食事は普通だが手術した目は眼帯の上から当金で保護、眠っている間にうっかり、こすったりしないためである。ばい菌が入ったり、強いショックを与えたりしないように、それだけ気をつければよい、と言われても、やはり緊張のせいか変に疲れている。家内も心配でくたくたの様子。(昨日から一緒に病室に泊り込んでいる)

■ 2003.4.4 Fri.
 朝の診察で眼帯をはずしてくださる。ハッキリ見える。手術していない右目と交互にものを見ると、まるで色が違う。手術を決める時の説明で本来は青いはずの部分が溜まった澱粉質で黄色く濁っている写真を見せていただいていたのだが、なるほど、右目でものを見ると黄色のフィルターがかかっているような色彩になっている。左目で見る世の中は鮮やかな色彩で明るい!! 何度も何度も右と左を較べて楽しむ。視力検査を済ませたら退院してもよい、と言って戴いて、左目裸眼で視力0.7、レンズを使って1.0、良い結果です、とのこと、当金の上からサングラスもかけてタクシーで帰宅。たった2日間だったのに、ああ、やっぱり我が家はいいなというのが実感。お医者様は勿論、看護婦さんたち(婦長さんも素晴らしい美女)もみんなやさしくて、しかもテキパキとしていて、爽やかでとても感じが良かった。次回は8日入院、9日手術の予定だが「いやだな」ということはない。むしろ、もっと早くやっていただいても大丈夫なのに、という感じである。

■ 2003.4.5 Sat.
 夕べは病院よりだいぶ遅くベッドに入ったのに朝早く目が覚めた。たった2日の習慣が身についたのだろうか。今日は朝から冷たい雨が降っているから一歩も家を出ないで過ごした。それでも病室に閉じ込められているのに比べると自由に運動しているように感じるのは何だろう。静かな1日。戦争はどんどん酷いことになっているようである。

■ 2003.4.6 Sun.
 朝から好い天気、真青な空、風は冷たい。80歳を過ぎた頃の母が白内障の手術をしたことを思い出す。片目ずつずいぶん間をおいて2度入院したはずである。私を産んでくれた時以来、自分の入院はなかったのだから、ずいぶん緊張しただろうに、明るく、さりげなく、寧ろ楽しそうだったのも母らしい。

■ 2003.4.7 Mon.
 お昼過ぎ、地下鉄で家内と新宿へ出かける。目を保護するためにサングラスをかけたが、左右の視力が違うので距離感が微妙にずれて危ない時がある。今後の移動の電車の切符を買ったり、素通しのレンズのメガネをつくったりして、簡単な昼食をしてから帰宅。戦争はますます拡大しているらしい。どんどん死者や負傷者が増えている。このような状況の中で「だから強力な軍備が必要だ」と声高に言う人たちが驚くほどの速さで増殖している。恐ろしい。イラクの次はシリア、その次は北朝鮮だという人たちのことも新聞で読んだ。石坂 啓さんがブッシュもラムズフェルドも小泉首相も、考えが単純すぎ。「この戦争がイラクに自由と平和をもたらす」なんて、オーウェルの「1984」に出てくるスローガン「ウォー・イズ・ピース」そのものではないか、と語っておられる。私たち一人一人が、ともかく何かをしなければならぬ。はっきり意思表示をしなければならぬ。

■ 2003.4.8 Tue.
 右目の手術のために再入院したところへ石井真木氏の逝去の知らせ、65歳。素晴らしい作曲家だったことは勿論だが、わがままで、やんちゃで、明るくて、「豪快」を絵に描いたような部分を人に見せるのが好きで、いつも指揮をしたがって、…… 面白い人だった。嵐のような強い雨と風が1日中続く。

■ 2003.4.9 Wed.
 昨日と打って変わって快晴、窓から見える桜はほとんど散ってしまった様子。1時20分から右目の手術、1時間足らずで終了。左目の時のような不安や緊張はいくらか少なくなっているが、勿論愉快なものではない。第一、車椅子で手術室に入っていくというのが厳かすぎる儀式の趣だし、手術中は、そんなこととは関係ないと思いながら、つい「エディプス王」や「春琴抄」を思い出してしまう。私のヨワムシが全部現れるのだろう。お医者様の心遣いか、ゆったりとしたオーケストラの音楽が流れていた。手術室の若い看護婦さんの1人はアマチュアオーケストラの名門、市川交響楽団のヴァイオリニストだったそうである。バグダットに攻め入ったアメリカ軍がジャーナリストを数ヶ所で砲撃して数人の犠牲者を出した。戦線に報道陣を同道することを宣伝していた同じ軍隊が、戦争には危険が伴って当たり前、だからあらかじめ警告していた筈だという。イラクの惨状が世界に知られては困ると考えているのではないか、とたくさんの人が思ったろう。安静第一の晩、家内と静かに過ごす。

■ 2003.4.10 Thu.
 診察していただいてから視力検査があって、今日は午前中に退院。明日から仕事で仙台へ行きますと申し上げてあったので、お医者様がいろいろ配慮してくださったのだろう。申し訳ない。我が家の壁面がずいぶん白く見える。