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■ 2003.1.27 Mon. お昼前の新幹線で東京へ戻る。東京は本格的な雨。夜、金本京化さんご夫妻と小さな韓国料理の店へ行く。マッコリが美味しかった。帰宅したらソウルの朴 恩聖さんからFAXが届いていた。水源市立交響楽団と10月に大阪へ来られるという嬉しいニュース。鄭 寅赫君が「仙台フィルのすべての音楽家たちが自負心を持って最善を尽くすありさまは非常に印象的だ」と言っているとも知らせてくださった。これも嬉しい。 |
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■ 2003.1.28 Tue. 昨日とはうってかわって好い天気、暖かい。ブラブラ散歩するついでに日本フィル事務所のライブラリーに楽譜を届ける。楽譜を巡る状況がめまぐるしく変るのでいろいろな混乱や困難が起きているが、日本フィルのライブラリアン加藤千香子さんのような存在は貴重、頼りになる。家の中の掃除を少し手伝う。 |
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■ 2003.1.29 Wed. 午後、ピアノ調律に来ていただく。この頃居間で加湿器を使っているのだが、一度不注意でピアノに直接蒸気が当ってしまい、いくつかの鍵盤が上がらなくなっている。時間をかけて調整してもらって、それは何とかなったし、やはり加湿によって少し状態が改善されているとのこと。しばらく加湿器を使ってみよう。夜、大橋ゆりさん、高橋啓三さんが来てくださって、ゆっくりと楽しいおしゃべり。 |
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■ 2003.1.30 Thu. 今日から群馬交響楽団の練習、新幹線で高崎へ。風が強くて冷たい。「巨匠たちの2大ピアノ協奏曲シリーズ<第1回>」であるが、今回のピアニストは仲道郁代さん。これで判るように「巨匠」とは作曲家たちのこと。モーツァルトから出発して年1回、10年間でバルトーク、プロコフィエフまで辿り着くのが「第1期」の予定。この壮大なプロジェクトの作曲家の選定や毎回の曲目、独奏者の決定まで緻密に考え抜かれた計画を作ったのは諸井 誠さん。諸井さんが埼玉県の芸術総監督として音楽でも舞踊でも演劇でも、内容豊かで、しかも独創的、刺激的な上演を次々と成功させていることは有名である。諸井さんに初めて会ったのは1948年4月、音楽学校の入学式、つまり同級生なのだが彼は終始一貫ずば抜けた成績の優等生、私は何となくウロウロしている普通の学生で、ずいぶんたくさんのことを諸井さんに教えてもらった。国際的な作曲家としての活躍の他に、博識と鋭い分析力で評論や解説に健筆をふるっていることでも有名な諸井さんに褒めてもらうのは非常に難しいだろうと思うが、この「協奏曲の」シリーズの指揮者に私を選んでくれたことは特に嬉しい。優れた指揮者たちの中でも協奏曲は苦手だったり嫌いだったりする人も少なくないが、私は指揮者になった時から協奏曲にもオペラにも非常に興味があり愛着がある。好きだからといって必ずしも上手とは限らないのが、この世界の難しいところだが、その私の執着を諸井さんが見ていてくれたことが嬉しい。久しぶりの群響は何だか懐かしいような、不思議な色合いのオーケストラのような気がした。協奏曲2曲とコンチェルト・ロンドというのはピアニストにとってもオーケストラにとっても(特に練習初日は)過酷なものである。新幹線で帰京。 |
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■ 2003.1.31 Fri. 新幹線で熊谷へ、今日は熊谷会館で練習である。オーケストラと私が少々親しくなってきた。モーツァルトという何も隠せない音楽を演奏すると、演奏者同士の微妙なやりとりの全部が特に大切になってくるのが判る。演奏というものの難しさ、モーツァルトの恐ろしさを再確認する。新幹線で帰京、6時から都内のホテルで行われた毎年恒例の「仙台の夕べ」に出席。仙台フィルの存在をなるべくたくさんの方に知っていただくきっかけになれば、と苦手なパーティーに出席するのだが逆にいろいろな方に励ましていただく。 |
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■ 2003.2.1 Sat. 新幹線で熊谷へ、1時から練習。4時開演の音楽会直前に諸井さんが楽屋へ来てくれる。いよいよシリーズが始まるという楽しさと緊張、諸井さんの期待を裏切らないようにという気持ちとで普段とは少し違う開演前であった。たくさんのお客さまが来てくださったし、仲道さんも熱演。新幹線で帰る。熊谷駅のプラットフォームも、東京へ着いた時も今日は風が特に冷たい。 |
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■ 2003.2.2 Sun. 11時30分、浦和の埼玉会館で練習。独奏の仲道郁代さんが2時間を要求なさったのに練習は1時間で終ってしまい演奏会まで3時間の休憩。開演3時。今日もたくさんのお客さま。終演後、埼玉県、群馬県両副知事ご出席の夕食会。仙台フィルも諸井さんのプロジェクトに仲間入りできるといいが、さて、何を売り込んだら良いか。帰宅してから改めて家内と乾杯。 |
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