■ 2002.10.20 Sun.
 新幹線で仙台へ。今日は1日家に居て、いろいろな準備や勉強をしようと思っていたので全く予定外の移動。19時、仙台フィル合唱団の練習に出席して先日の「出演辞退」を強制したことについての私の考えを述べ、監督不行き届きについて謝罪。何のことだか充分理解できない人たちがおられても致し方ないが、オーケストラも合唱団も公平公正であること、徹底して民主的であることをどうしても守るべきだと私は考えている。

■ 2002.10.21 Mon.
 13時から、来年3月の日本演奏連盟新人演奏会(外山指揮の仙台フィルと共演)のオーディション。20人以上の若い音楽家たちの演奏を聴く。フルート、クラリネット、サキソフォーン、ピアノ、うたと多彩である。審査を終えて夕方の新幹線で帰京。

■ 2002.10.22 Tue.
 音楽学校の同級生だから、もう50年以上の付き合いになる友人、元N響コンサートマスターの坂本玉明さんが松山から上京してきて、N響時代の友人でフルートの名手、小出信也さんご夫妻、ピアニスト植田克巳さんと食事をする席に私たち夫婦もお招きにあずかった。来年秋、坂本さんが松山でリサイタルをする、その演奏会当日の解説とアンコールの作曲を引き受けているからである。アンコールは当日出演予定の小出さんを入れてフルート、ヴァイオリンとピアノのための小品、ピアノは俺が弾くよ、ということになっている。坂本さんも小出さんもすこぶる元気、植田さんは先輩たちのエネルギーに圧倒されている。昔話もたくさん出たが楽しい夜だった。

■ 2002.10.23 Wed.
 新幹線で大阪へ。床屋へ行ってからフロイデ合唱団の練習、今年初めての年末「第9」の合唱練習である。人数はやや少ないが充実した響きで集中力も素晴らしい。浮ついた、面白半分ヒヤカシのような、悪い意味の「都会風」の匂いのないのがとても良い。今の世の中ともかく目立つこと、派手なこと、楽なこと、面白おかしいこと、手間暇のかからないことなどが主流のように見えるから、このような合唱団は珍しいかもしれない。毎回じっくり30分は発声練習をして、ドイツ語の発音は特別な指導者に来ていただいて、その上、日常の指導者亀井正比古さんや私などにああでもないこうでもないとうるさいことを言われて、それでもせっせと練習に通い続けて素晴らしい合唱を作り上げてしまう、こういう、本当に音楽が好きで音楽を大切にしてくれる人たちは貴重である。練習後、名古屋へ。

■ 2002.10.24 Thu.
 朝8時、月一度の健康診断、異常なし。インフルエンザの予防接種を受ける。

■ 2002.10.25 Fri.
 午前、県芸指揮法、学生諸君はみんな自分の思うことを身体の動きで表現することを少しずつ覚えてきた。技術的なこと(腕の振り方)など何も教えないのに不思議である。午後はオーケストラ、ようやく全体像が見えてきたようで、細部へも注意が向き始めた。もう一段精密な作業が必要である。新幹線で帰京。

■ 2002.10.28 Mon.
 午後、11月1日の音楽会の練習に行く。日本フィルの人たちと日本のうたを中心に私の旧作など、いわば気楽な音楽会をやるのだがピアノを弾くので「気楽」どころではない。特にこの音楽会の第1曲、ジャン・フランセの管楽五重奏とピアノの華やかな小品はどんなに練習しても私には弾けそうもない、腱鞘炎になりそう。1951年の私の旧作は初演以来、今日初めて聴いた。第1楽章はヒンデミットと同級生諸井 誠の、第2楽章は当時の私の想像の中の「お神楽」の、第3楽章はフランシス・プーランクの音像があまりに明瞭で笑ってしまうが演奏時間が極めて短いのは救い。日本フィルの人たちはへたくそなピアノに辛抱強く付き合ってくれる。

■ 2002.10.29 Tue.
 ピアノの調律をしていただく。今回はまあまあとのことだが、これから暖房が入って乾燥が激しくなると手がつけられなくなる可能性もある。

■ 2002.10.30 Wed.
 午後の新幹線で名古屋へ。県芸恒例の「芸術祭」で11月4日にやる演奏会の練習。フルート村田四郎、オーボエ和久井 仁、トランペット武内安幸、ヴァイオリン福本泰之を独奏者にしていろいろ遊ぼうという話が何となく立派な音楽会になってしまった。学生諸君に手伝ってもらって最後はイベールのディヴェルティスマン。新幹線で帰京。

■ 2002.10.31 Thu.
 午後、日本フィルの音楽家たちと2度目の練習。ピアノは上手くならない、困ったものである。

■ 2002.11.1 Fri.
 生憎の雨模様、3時から上野の旧奏楽堂で練習。入学試験以来いろいろな記憶の断片が空中を漂っているような感じがする場所である。矢代秋雄、黛 敏郎、千葉 馨など先輩たちの面影や、同級生間宮芳生、諸井 誠の数々の作品の初演など、それに学校のオーケストラや吹奏楽の授業………。でも今日はそれどころではない。必死にピアノを弾く。音楽会は6時45分開演、悪天候なのにたくさんのお客様が来て下さる。聴いてくださった方たちには楽しんでいただけたようである。

■ 2002.11.3 Sun.
 お昼過ぎの新幹線で名古屋へ。5時から県芸で明日の音楽会の練習。さすがに集中度が高まってきた。

■ 2002.11.4 Mon.
 2時、奏楽堂で最終的な打ち合わせのような短い練習。開演3時半。ここ数日、とても好いお天気に恵まれていることもあってか風が冷たいのに、たくさんのお客様である。バッハ2曲とネルーダの協奏作品のあとにイベールで楽しく華やかに盛り上がって終り。面白かった。毎年この芸術祭に管楽器と打楽器の学生たちが出店する「かんだ川」(池辺晋一郎のうまくないだじゃれのようであるが)という屋台で打ち上げ。美術の学生たちがすぐ脇の野外ステージでスピーカーを使った大音響で盛り上がっているので上手く話しもできないが、なかなか気の利いた料理とビールやお酒、それに時々管楽器のバンド演奏などもあってみんなおおはしゃぎである。

■ 2002.11.5 Tue.
 午後、虫歯の治療をしていただく。15分ほどで終わり。やはり1年に1度は診察していただくことにしたいと家内と話し合う。最寄の駅が三河安城なので「こだま」でのんびり帰京。

■ 2002.11.6 Wed.
 朝9時、N響の車が迎えにきてくれる。N響とNHKホールで「日本賞」記念コンサートである。10時〜12時15分が練習、13時15分から通しの練習、17時式典の冒頭に池辺さんが新しく作曲した「日本賞」のテーマ音楽、独唱、合唱付を演奏、その後ずっと待っていて18時15分からが演奏会。「音楽世界めぐり」みたいな趣向だから、どの作品も大胆な省略ばかり、昔のテレビはこういうものだったな、と懐かしくなる。ピアノやヴァイオリンの話題の女性の独奏は私はあまり感心しなかった。N響は「マイスタージンガー」の前奏曲や「アンダンテ・カンタービレ」で素晴らしい能力を発揮、「美しく青きドナウ」もさすがに香り高い。特例中の特例とはいえ、こんな過酷な日程をこなしたN響の実力とオーケストラとしての成熟度に頭が下がる。

■ 2002.11.7 Thu.
 2時、中学の同窓会、正確には「高校の」と言うべきなのだろうが、私が旧制中学4年で音楽学校へ行ってしまったから高校卒業ではないし在学期間も2年短い。どういうわけか今まで、この同窓会に一度も出席できなかったのでいささか緊張した。小学校から一緒だった人たちも多いのだが、少年時代の面影そのままの人もいれば、名乗ってもらわなければわからない人もあって、それが時間が経つとみんな昔の面影が自然に重なって見えてくるのも楽しい。87歳になられる担任の先生が私たちよりむしろお元気でご出席になって、みんな勇気づけられているよう。夕方の新幹線で名古屋へ。

■ 2002.11.8 Fri.
 10時30分から県芸指揮法、オーケストラ部会を挟んで13時からはオーケストラ。北爪道夫さんが来てくださったので「地の風景」を細かく練習する。このように現存する作曲家が直接練習会場に足を運んで様々な指示をしてくださるのは私にとってはとてもありがたいことである。指揮者たちの中には、そういうことを好まないという人もあるが私には理解しがたい。マーラーを一通りやった後、ハイドンを初めて小人数の弦楽器(6−6−6−4−2)で練習。2本のオーボエと4本のホルン、それに低音部に加わっているファゴット、どの音も全部が丸見え、弦楽器1人1人の音色も聞こえてくる。このオーケストラもようやくここまできた、そろそろ、本当の出発点に近づいているかもしれない。7時前の新幹線で帰京。