■ 2002.9.1 Sun.
 午後の新幹線で仙台へ。5時から、10月「定期」モーツァルト:レクイエムの4人の独唱者の皆さんとの練習の筈が、事務局の連絡の不充分などでご迷惑をかけてしまった。これだけのオーケストラを支えるにしては極端な小人数の事務局員がそれぞれ奮闘していることは充分承知しているが、こういう形で事故がおこると「弱小オーケストラ」とののしられても仕方ないかと暗い気持ちになる。7時からは合唱の練習。2人の指導者もご出席でみんな元気が良い。最終の新幹線で東京へ戻る。

■ 2002.9.2 Mon.
 1時から下北沢の松沢教会で大切な葬儀。祖母が私の年上の兄弟たちと京王線・桜上水に住んでいたこともあって、この教会は幼い頃の記憶の底にあるが建物はすっかり現代風のものに変ってしまっている。「写譜の神様」と私たちが密かに思っている賀川純基さんに久しぶりにお目にかかる。

■ 2002.9.3 Tue.
 午後、ピアノの調律に来ていただく。年代もののアップライトで、その上、不在が多いので室内が高温になったり乾燥しすぎたり。いつもたいへんに時間がかかり手間がかかるらしい。申し訳ないような気分だがピアノを新しくしても、すぐにこれと同じ状態になるだろうといわれるとウ〜ンと言うしかない。

■ 2002.9.4 Wed.
 大阪フィル「定期」のマーラーが気になってぼつぼつと勉強しているが、マーラーの楽譜は細かい注釈がたくさん書き込んであることと、特にテンポについての指示が懇切丁寧すぎてかえって「何のこっちゃ」と思えるようなものが多いことで、理解するのに時間がかかる。しかしどうも私はマーラーを嫌いではないらしい。だんだんその不思議なしつこさをウフフ、と楽しむようになっている。

■ 2002.9.5 Thu.
 午前、病院で検査のための採血。午後はマーラーと仙台フィル10月「定期」のショスタコーヴィチのスコアを読む。マーラーの影響を強く受けていると考えられるショスタコーヴィチだがスコアを比較すると、その楽譜の視覚的な印象、デザインは全く違う。

■ 2002.9.6 Fri.
 午前の新幹線で仙台へ。仙台フィル事務局長と1時間ほどよもやま話。3時からは今日の「定期」の最後の練習を聴く。指揮は秋山和慶さん。ハイドンの「88番」とラフマニノフの「3番」。いつもながら正確無比、全く無駄の無い流麗な棒さばきで、こういうのを「円熟の境地」というのかと感嘆する。ベルクのヴァイオリン協奏曲の独奏は諏訪内晶子さん、いつもながら美しい音、仙台フィルも整然と清潔な演奏。今日は満席のお客様で私も大入袋を頂いた。新幹線で帰京。

■ 2002.9.7 Sat.
 さすがに疲れがたまっていて寝坊するが、マーラーが気になって1日中あっちこっちとスコアをひっくり返してみる。

■ 2002.9.10 Tue.
 9時に病院、眼科の定期検査を受ける。白内障がはっきり現れていると先生が仰るので手術が必要かどうかをうかがったら本人が不自由を感じたら、その時にすれば良いとのこと。今特に不自由を感じていないが、それを聞いた家内は心配で急に無口になっている。午後は又マーラーと格闘。

■ 2002.9.11 Wed.
 朝の新幹線で仙台へ。1時からの仙台フィルの練習を梅田俊明さんと聴く。私たち以外の指揮者の「定期」などではない演奏会の練習を聴くこと、客演のコンサートマスターとの練習状況を見ることも私たちの大切な仕事だと思っている。4時から事務局で「オーケストラと遊んじゃおう」の会議。事務局からも楽員さん側からも積極的な意見がたくさん出る。10月1日から、遂に仙台フィルハーモニー管弦楽団のホームページがスタートするそうである。あまりに遅かったという感じもするが、たくさんの人たちの人知れぬ苦労の結晶である。本当にめでたい。新幹線で帰京。

■ 2002.9.12 Thu.
 マーラーの合間に少々掃除。

■ 2002.9.13 Fri.
 夕方の新幹線で名古屋へ。

■ 2002.9.14 Sat.
 朝8時、我が家のホームドクター古沢先生の定期検診。そろそろ2年経つから胃カメラをやりましょうか、と仰るのでとたんに気分は真っ暗。私の喉が過敏であれを飲み込むのは死ぬほどつらいのである。どうしたらよいか。午後、丸善で注文してあったメガネを受け取る。

■ 2002.9.15 Sun.
 1時〜5時、県立芸大の大合奏室でベートーヴェン:三重協奏曲の独奏者たちと練習。担任の先生方もご指導くださって、細かい点までひとつひとつ修正していく。みんなきちんと勉強してあるが、余裕があるところまで到達しているのはピアニストだけのように見える。しかし、若いのだから進歩も早い筈である。

■ 2002.9.16 Mon.
 新幹線で大阪へ。1時〜5時、とうとう大阪フィルの練習が始まる。9月も半ばだというのに暑いせいもあって、マーラーの第1楽章が終ると汗がぼたぼたと滴る。私にしては珍しい現象、緊張のせいで、いわゆる「心理的要因の汗」かもしれない。久しぶりの大阪フィルは何だか落ち着いて腰を据えて音楽と向き合っている感じ。頼もしい。新幹線で名古屋へ戻る。

■ 2002.9.17 Tue.
 新幹線で大阪へ。マーラーにオーケストラも私も少しずつ慣れてきている。マーラーの前に演奏するヘンデル:「水上の音楽」は弦楽器を極端に小人数にしていることもあって、これも自分たちがその響きの中で何をするかを探し出すのは簡単ではない。新幹線で名古屋へ戻る。

■ 2002.9.18 Wed.
 新幹線で大阪へ。いったんホテルへ荷物を置き、家内に後を託して練習に出かける。マーラーはまだ細部の様々なバランスを調整するがなかなか思うようにはいかない。相変わらず暑い。練習後40日振りに床屋、すっきりして気分爽快である。

■ 2002.9.19 Thu.
 3時半、フェスティヴァル・ホールで練習。梅田俊明さんが来てくださる。80分もかかる大曲だからといって、初めて演奏会場での練習だから手抜きをするわけにも行かず、演奏会に充分な気力と体力を残せるかどうかが気がかりである。こういう時、ヨーロッパのように演奏会当日の練習は午前中にできたら、と強く思うが日本の通勤距離(住宅事情)などを考えると大都会では不可能に近いのかもしれない。演奏会は19時開演。「水上の音楽」も私の想像より遥かにたくさんの拍手を戴いた。マーラー、オーケストラが素晴らしかった。勿論無傷だったわけではないが梅田さんの言葉をかりれば「大人のオーケストラである」という能力と魅力を存分に発揮して充実した一晩であった。大阪フィルに心から拍手。

■ 2002.9.20 Fri.
 新幹線で名古屋へ。昨日は留守にして関谷弘志さんに練習してもらった県芸のオーケストラを5時30分〜8時30分練習。10月3日の演奏会に備えて、もう先輩たちがたくさん参加してくれている。名古屋フィルのヴェテランたちの顔も見える。特別に忙しい日程をこなしているに違いないのに、ありがたいことである。ベートーヴェン:三重協奏曲の独奏者たちも必死の形相。たまには、こういう経験をするのは良い勉強に違いないなどと先輩ぶった感想を持つ自分がおかしい。今日も暑い。

■ 2002.9.21 Sat.
 県芸オーケストラ、1時〜5時半みっちり練習。ベートーヴェンの独奏者たちに少々甘えが見える。危険であるが今日は何も言わずにおく。マーラー:「亡き子をしのぶ歌」のノルドファルクさんは舞台人としての風格が漂う。北方寛丈さんの作品も少しずつ形になってきている。初めてのオーケストラ作品が音になる、というのはどんな気持ちだったろうか、もうはっきり思い出せないが、北方さんの演奏に対する注文の付け方は少々控えめすぎると思う。

■ 2002.9.22 Sun.
 11時から奏楽堂で最後の練習。開演3時。思ったよりずっとたくさんのお客様が来てくださる。北方作品、ベートーヴェン、マーラー、バーンスタイン:「ウエストサイド物語」シンフォニック・ダンスの順だが、北方作品は良い音がしたし、マーラーのオーボエとホルン、そしてバーンスタインの全体がなかなか手応えがあって楽しかった。大汗をかいた。学生諸君が舞台上の立居振舞にもっと気を配るようにならないとみっともないが、それは誰がどのように教えるのだろうか。それとも、教えられなくても気がつくようでなければ演奏家の神経を持っているとはいえないか。ノルドファルクさんの風格に接して何も感じないらしいコンサート・ミストレスなど落第。

■ 2002.9.23 Mon.
 新幹線で東京へ戻る。その足で日本橋三越本店の島田章三先生個展(最終日)を拝見に行く。愛知県芸の学長という激務の傍らで1年ほどの間にこんなにも充実した、こんなにもたくさんの作品を描かれることに驚嘆する。先生の日常はいったいどんなものなのだろうか。お金を貯めて、いつか小さな作品をひとつ譲っていただけるようにしたい、と家内と話しながら帰る。気温が急に秋になった。

■ 2002.9.26 Thu.
 新幹線で名古屋。2時〜4時、NHK、FMシンフォニー・コンサートの解説の収録。前回までの担当者が東京へ戻られたので新しい担当者になり、技術さんも初めての人。私もいささか緊張。この収録はいろいろな指揮者、独奏者などの演奏をじっくり聴けるので楽しみでもある。終ってすぐ東京へ戻る。