|
■ 2002.5.29 Wed. ベルリッツ。集中して先生の口元を見つめ、聴覚も研ぎ澄ましているつもりでもなかなかうまく話せない。じれったい限りである。記憶力はもともと自慢できるようなものではないから、それが衰えたなどとは考えない。 |
|
|
|
■ 2002.5.30 Thu. 保谷(西東京市などというつまらん名前に最近なった)の「こもれびホール」というところで、私が最も尊敬し信頼している先輩、寺西春雄さんの「音楽鑑賞講座・協奏曲の歴史第3回」のお手伝いに行く。杉並の我が家からずいぶん郊外に出かけるような感覚だったが、東京駅へ行くのより近い距離であることを発見してびっくり。ホールの前でもカッコウの鳴き声が聞えている。夜7時に始まる講座に熱心な方たちが200人程はおいでになる。素晴らしいことである。寺西さんのゆったりと、丁寧な話し振りとその豊かな内容も貴重である。休憩後の後半、寺西さんの質問に答える形で協奏曲の現場の裏話などを少々お話する。それにしても健康状態が万全とはいえない寺西さんの準備の緻密なこと、どんな細部もゆるがせにしない努力に頭が下がるばかりである。どうか無理をなさらず、いつまでも私たちの模範でいていただきたいと痛切に思う。 |
|
|
|
■ 2002.5.31 Fri. 名古屋へ。県芸のオーケストラ、マーラー「1番」をとびとびに練習。後半は関谷さんの練習を見学。5時10分の新幹線で東京へ戻る。私の母は今頃の季節になると毎年らっきょうと梅を大量に漬け込んでいたが、今日は家内が私の留守中に5キログラムのらっきょうの始末をしたらしい。クタクタになっている。 |
|
|
|
■ 2002.6.5 Wed. ここ数日は友達と会ったり、ベルリッツに通ったり(遂にハングル文字の基本を教えていただく!)の他は「独奏ヴァイオリンとオーケストラの悲歌」を何とか書き上げなければ、と緊張の毎日。写譜屋さんに今日正午と約束しておいて、それにようやく間に合わせる。多分、石井啓一郎さんには明日楽譜が届くだろうから、オーケストラとの練習の2週間前、演奏会まで16日ということになる。充分に遅いのだが、まあ、それほど悪くないかと自分では密かに思っている。さあ、今晩からはオーケストラ・スコアを書き始めるのだが、その前に大阪へ。「ミサ・ソレムニス」の合唱練習。 |
|
|
|
■ 2002.6.6 Thu. NHK名古屋で「FMシンフォニー・コンサート」のしゃべりの収録。 |
|
|
|
■ 2002.6.7 Fri. 10時30分、愛知県芸の「指揮法」、午後オーケストラ、そして東京へ戻る。 |
|
|
|
■ 2002.6.8 Sat. 夕方、息子夫婦と元気な孫がやって来て、狭い我が家で5人、楽しく食事。 |
|
|
|
■ 2002.6.9 Sun. 1日中オーケストラ・スコアを書く。石井さんに渡すために、私としては非常に珍しくピアノ・スケッチを作ったので、とても仕事が楽に進んでいる気がする。 |
|
|
|
■ 2002.6.10 Mon. 午前9時、写譜屋さんに完成したスコアを渡した!!徹夜したから、この作品の完成は2002年6月10日早暁である。新幹線で仙台へ。13時から仙台フィルの練習。小さいホールでの演奏会なので出演者数を減らす必要があり、いろいろ考えた末にトランペット、トロンボーン、ティンパニなどが必要ない作品を並べた。ロッシーニ:「絹のはしご」序曲、モーツァルト:クラリネット協奏曲、モーツァルト:アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク、そしてハイドン:交響曲「校長先生」。ハイドンは今回の楽器編成から探し出したのだが、素晴らしい作品。練習後、仙台フィル事務所で梅田俊明さんを交えて、「オーケストラと遊んじゃおう」について楽員さんや事務局多数と会議。 |
|
|
|
■ 2002.6.11 Tue. 10時30分、仙台フィルの評議員会に出席。13時から仙台フィルの練習2日目。こういう小編成の作品が並ぶと普段とは少し違う難しさと楽しさがある。練習後、事務所で梅田さんと私も参加した会議。やはり、どうしたらもっと沢山のお客様に聴いていただけるかが最大の問題である。 |
|
|
|
■ 2002.6.12 Wed. 中新田の有名な「バッハ・ホール」で音楽会。周囲は田んぼと畑ばかりのように見えるところにポツンと立派なホールが建っている。柔らかい、美しいひびきのホール。楽しんで演奏することができる。 |
|
|
|
■ 2002.6.13 Thu. 仙台から大宮で新幹線を乗り継いで浦佐下車。そこからクルマで小出郷の文化会館へ。ここも小さいホールだが素晴らしい音響。但し、音の分離が極めて良いので、ひとりひとりが何を奏いているのか細部まで聞き取れる。終演後、長岡へ。友人たちとおいしいお寿司と素晴らしい日本酒を楽しむ。長岡泊。 |
|
|
|
■ 2002.6.14 Fri. 新幹線でお昼過ぎに東京着。今夜は仙台フィルの音楽家たちの室内楽が恵比寿である。その練習を聴きに行く。場所は恵比寿ガーデンプレイスの中の恵比寿麦酒記念館銅釜広場というところ。これはサッポロビール本社地階。吹き抜けの、やたらに残響の多い空間。この音楽会の正式名称は第45回サッポロビール ミュージアム・コンサートというらしいが、ヴァイオリン:西江辰郎、小川有紀子、ヴィオラ:佐々木真史、チェロ:原田哲男という弦楽4重奏にクラリネットの日比野裕幸が加わる。音楽会の開演は19時、たくさんのお客様が来て下さる。モーツァルト:弦楽4重奏曲第14番「春」、ベートーヴェン:弦楽4重奏曲第11番「セリオーソ」、休憩後にブラームス:クラリネット5重奏曲というプログラムは全く息抜きもできない大曲揃いで少々疲れた。演奏は勿論素晴らしかったし、東京の音楽家たちが何人も来てくれたのは嬉しいことである。 |
|
|
|
■ 2002.6.15 Sat. 3時から両国、国技館の隣、江戸東京博物館のホールで「岩城宏之打楽器リサイタル」。全曲岩城宏之委嘱作品、しかも6曲中3曲は初演。岩城らしいと言えば岩城らしいが、日常は練習しているはずのないマリンバを連続集中してさらうのはさぞ大変だっただろう。作曲は石井眞木、藤家渓子、西村 朗、林 光、武満 徹、一柳 慧。木村かをりさんのピアノはいつもながら透き通ったキラキラした音で素晴らしい。岩城も1曲ずつ丁寧で興味深い解説をしながら見事な演奏。面白かった。「これが最後」などと前には言っていたが、これだけやれたのだから、まだまだ続けてもらいたい。岩城はムカシから毎晩飲んだくれて遊んでいるように見せかけて実は猛烈に勉強する人であるが、ふたつもみっつも大きい病気を経験しながら沢山指揮し、エッセイも書き、マリンバも演奏しているのは本当に素晴らしい。 |
|
|
|
■ 2002.6.16 Sun. 久しぶりの休日、全く家を出ずに過ごす。 |
|
|
|
■ 2002.6.17 Mon. 午後の飛行機で札幌へ、3年ぶりだろうか。緑が特に美しい。 |
|
|
|
■ 2002.6.18 Tue. 真駒内「芸術の森」で札響の練習。ショスタコーヴィチ:交響曲第10番のエネルギーに圧倒されながら、作曲者の意図を何とか実現したいと思っている。特に低音楽器の響きに大切な要素が含まれているような気がする。新作「悲歌」はオーケストラだけで練習してみると薄くて情け無い音楽のようだが、明日、石井さんが参加してくれると変わるだろうと期待する。 |
|
|
|
■ 2002.6.19 Wed. シューベルト:「悪魔の別荘」序曲は好きな作品のひとつだが、中間部のトロンボーン3重奏が鬼門である。トロンボーン3人だけが、このように突然放り出されるのは他に例がない。だから面白いと指揮者は感じるが、トロンボーン奏者たちにそんなことは言えない。午後、石井啓一郎さんが来る。まあ今日はオーケストラと石井さんと作品の三つ巴のお見合いのようなもの。石井さんと私たち夫婦、ビールを飲みながら楽しく夕食。 |
|
|
|
■ 2002.6.20 Thu. 今日は札幌・コンサートホール(きたらホール)で練習。ここも公園の中の落ち着いた環境。ホールの音響は日本でも有数の素晴らしさ、それに1階のレストランがおしゃれで、しかも美味。練習も順調に進行。 |
|
|
|
■ 2002.6.21 Fri. 午後3時から最後の練習。6時45分開演の音楽会の冒頭に、先日亡くなった山本直純さん(2週間前に札響を指揮したところだったという)を追悼してバッハの「アリア」を演奏。「悲歌」は石井啓一郎さんの見事な演奏に支えられて、くっきりと姿を現わした。ショスタコーヴィチ「10番」での札響の音楽家たちの集中、熱中に感謝。作曲者の悲しみ、怒りへの共感を少々表現できたろうか。ホテルへ戻って、昨日名古屋から出かけてきてくれた家内の両親、石井さんご夫妻、私たちの6人で乾杯。 |
|
|
|
■ 2002.6.22 Sat. 午後の飛行機で東京へ戻る。 |
|
|
|
■ 2002.6.23 Sun. 大阪へ、「ミサ・ソレムニス」の合唱練習。その後、年末の「第9」について具体的な打ち合わせ。新幹線で東京へ戻る。 |
|
|
|
■ 2002.6.24 Mon. 午後の新幹線で名古屋へ。 |
|
|
|
■ 2002.6.25 Tue 8時20分、ホーム・ドクターの月1回の定期検診。新幹線で大阪へ。13時から大阪センチュリー交響楽団の練習。練習所は服部緑地公園の中、野外音楽堂の隣という素晴らしい環境。R.シュトラウス:オペラ「インテルメッツォ」の4つの交響的間奏曲は楽器編成は大きくないが面白い作品、私は札響、仙台フィルでも演奏したから今回が3回目。シューベルト「未完成」は超有名作品ながら演奏が至難なこともオーケストラの仲間内では定説となっている。今日は何ヶ月も前から大阪のホテルが満室なので名古屋へ戻る。 |
|
|
|
■ 2002.6.26 Wed. 新幹線で大阪へ。13時から「センチュリー」の練習。R.シュトラウス、シューベルトに続いてパガニーニ:ヴァイオリン協奏曲第1番を梁 美沙さんと練習。彼女がまだ12歳だった時に仙台フィルと同じ曲を共演した。その時も誰もが感心するしかない見事な演奏だったが、15歳になったという現在は更に魅力が増している。夜はフロイデ合唱団「ミサ・ソレムニス」の練習。 |
|
|
|
■ 2002.6.27 Thu. 13時からセンチュリー交響楽団の練習。梁さんも来てくれる。終了後、大阪・肥後橋の行きつけの床屋さんに行く。3週間の間隔だと自分では少々ムサクルシクなったように感じているので、さっぱりして気持ちが良い。夜はホテルの隣のビルの地下、本物のインド・カレーを久しぶりに堪能した。 |
|
|
|
■ 2002.6.28 Fri. 15時30分からザ・シンフォニー・ホールで練習。開演は19時。「未完成」をオーケストラは細心の注意をはらって、しかもなめらかな音で演奏してくれたが、まだすっかり終らない内に先走って拍手をするという不心得者のおかげで余韻は吹っ飛んでしまった。梁さんのパガニーニは自由に飛躍してお客様もオーケストラも大喝采。R.シュトラウスの独特な魅力をコンサート・マスターやホルンの首席奏者などの強力な牽引力でオーケストラが一丸となって華やかに繰り広げる。爽やかな、気持ちのよい音楽会だった。 |
|
|
|
■ 2002.6.29 Sat. 新幹線を乗り継いで仙台へ。梅田俊明さん指揮の仙台フィル「定期」を聴く。シューマン「マンフレッド」序曲、西江辰郎さんと原田哲男さんの独奏でブラームス:2重協奏曲。この2人の若い音楽家は常に成熟を続けていることを確認した。本当にすばらしい。オーケストラの音楽家たちも大喜びであった。シューマン:交響曲第2番、演奏上の難所がたくさん散りばめられているこの作品を積極果敢に攻めまくった印象。 |
|
|
|
■ 2002.6.30 Sun 午後珍しく仙台の町をふたりでぶらつく。家内が赤城芭蕉布を見つけて、私のために買う。仕立てあがったら早速着て自慢しよう。夜、仙台フィル合唱団。モーツァルト:レクイエムの練習。内心、少々心配しながら行ったのだが、のびやかにしかもきちんと歌っていて安心。Wカップの決勝戦だというのにそんなことに関係なく皆さんお集まりであった。最終の新幹線で帰京。東京は小雨、横浜の決勝戦から帰ってきたひとたちで深夜の東京駅近辺は大混雑。 |
|
|