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■ 2002.5.14 Tue. ベルリッツで又大苦戦をした後、名古屋へ。 |
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■ 2002.5.15 Wed. 4月23日の血液検査で数値に以上がある、とお医者様がおっしゃって、前立腺の検査を受けにご紹介いただいた初めての病院へ行く。この数値そのものは癌の確率が非常に高いのだが、多分、そんなことではなくて何かの理由で炎症がおきたのではないかとのご意見だが、ともかく専門医の検査をしていただくようにとのこと。私自身はそれほどショックはないが、家内がずっと緊張しているのがわかる。初めての病院、初対面のお医者様、どんなことをされるのか全くわからない検査、これは気持ちの良いものではないが、お目にかかったお医者様の説明は懇切丁寧、ひとつひとつ言葉を選びながら詳しく話してくださる。そして大学受験直前まで医学部にするか文学部にするかを迷った、実は音楽学者になりたかったのだとおっしゃる。抗生物質の点滴を1時間、それから検査。検査台に上ったらBGMが厳かにワーグナーになった。お医者様のご配慮かなと考えてウフと気持ちが楽になった。特別な痛みも無く、手早く検査をしてくださった。通常、結果がでるのに1週間から10日かかると聞いていたが明日午後には電話をくださるとのことである。 |
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■ 2002.5.16 Thu. 午後、お医者様から電話をいただく。異常はありません、前立腺の肥大も非常に小さいですよと言ってくださる。夜は家内の両親と4人で盛大に乾杯。 |
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■ 2002.5.17 Fri. 10時半から県芸の指揮法、今日は関谷さん不在なので1人。全員に振ってもらう。みんなそれぞれ考えて工夫してくるのだが、それにしてもベートーヴェンは難しい。午後のオーケストラは「四芸祭」の為の「第九」。先生方が下準備をしてくださってあるので一応立派に奏けているのだが、ベートーヴェンは、そして「第九」は、やはりとび抜けて難しいと更に実感する。19時近くの新幹線で東京へ戻る。 |
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■ 2002.5.18 Sat. 仙台へ。角田というところでの仙台フィルの演奏会の会場練習を聴く。若手の指揮者と非常に若い客演コンサートマスターの仕事振りを見たくなったのである。本来は野外コンサートのはずが雨で室内になってしまい、その部屋が天井も高くないし、音響も良くないのできっとみんな疲れただろう。練習だけ聴いて、事務局と少々打ち合わせをして東京へ戻る。 |
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■ 2002.5.19 Sun. 作曲しなくては、と1日中思いながら、次々と雑用を片付けたりして夜になってしまう。何枚かの五線紙にともかく小節線を引いたのがせめてもの慰め。 |
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■ 2002.5.20 Mon. 午後ベルリッツ、初めてお目にかかる先生で、多分今までのどの先生よりも経験豊富でいらっしゃるかと思う。とても判りやすく、丁寧。私がしばしば家内の顔を見ているが、そうではなくて先生を、特に先生の口の動きをよく見なさい、理屈は無駄、何も考えずに言われたことをそのまま繰り返すことが進歩に繋がる、と鋭く指摘されてしまった。反省。 |
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■ 2002.5.21 Tue. 夕方、仙台へ。4月にやった子供たちのための演奏会「オーケストラと遊んじゃおう」の反省会をしようと集まったのである。楽員さん4名、事務局5名、梅田さんと私でいろいろ話し合う。反省会というより次回への夢もたくさん出て、ともかく、この音楽会をもっともっと充実させて続けて行きたいという意見で一致。8時過ぎの新幹線で東京へ戻る。 |
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■ 2002.5.22 Wed. ベルリッツ。急に進み具合が早くなったような気がするのは自分がついて行けなくなっているからかもしれない。いくら何でも、もう少し勉強しなければいけないのに、うまく行かない。 |
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■ 2002.5.23 Thu. 午前の新幹線で名古屋へ。会場となる長久手文化の家・森のホールで「四芸祭」の練習。今回不参加の金沢芸大を除いた全員が集まって午後はオーケストラの練習。愛知県芸担当のコンサートミストレスが緊張と責任感からか、自然に音楽を感じないから音楽の流れを止めてしまう。1人1人の演奏能力は素晴らしいはずなのに、合奏をするという意味をきちんと学んでいないから周囲に目を配ること、神経のアンテナを張り巡らすこと、合奏の相手の出方や音楽の進行方向の予測、予想をする力が無い、想像力があまりに貧弱なのである。情けない。日常の私たちの指導が間違っているか、著しく不足しているということである。これは私たち先輩の責任である。夕食の休憩をはさんで7時からは独唱、合唱が加わって練習。独唱者たちは格別に素晴らしいとは言えないが、合唱は私の予想をはるかに上回って充実した輝かしい響きである。嬉しい。 |
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■ 2002.5.24 Fri. 午後からオーケストラの練習。4時30分に独唱、合唱に集まってもらいたい、と昨日の練習の時に全員の前で話したはずだが愛知県芸の独唱者2人だけが遅刻してくる。音楽家としては致命的な欠陥であることをオーケストラ、合唱の諸君に厳しく伝える。このようなことをはっきり伝えることすら私たちは怠ってきたかと暗い気持ちになる。 |
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■ 2002.5.25 Sat. 朝、1ヶ月に一度の診察と血液検査。午後3時30分「第九」の最後の練習、7時演奏会。大きくない会場だが超満員のお客様(後で聞いたら60人ほどのお客様にお帰り頂いたとのこと、客席に入れずモニターテレビでご覧頂いたお客様も4〜50人はいらしたとのこと)。学生諸君は素晴らしい集中力を発揮して密度の高い演奏になった。私も久しぶりの大暴れで汗びっしょり。学長先生ご夫妻も聴いてくださって、ひとまずホスト愛知県芸は恥をかかないですんだろうか。 |
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■ 2002.5.26 Sun. 大阪へ。7月上演予定のフロイデ合唱団「ミサ・ソレムニス」の練習に初めて行く。ややこしい作品なのに合唱団はとても元気で、しっかり基本的なことを身に付けてくれている。頼もしい。今回はこれまでのブライトコプフ・ウント・ヘルテル版ではなくてヘンレ版なので小さい変更がたくさんある。今更ながら、すごい作品である。ベートーヴェンという人の奥深さ、豊かさは言葉に尽くせない。夕方の新幹線で東京へ戻る。 |
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■ 2002.5.27 Mon. ベルリッツ。何時何分という時間を言うのだが、まず数字で戸惑ったり、つっかえたりしている上に、午前午後だの、何分前、何十分過ぎ、とくるとただパニック。普段全く使っていない部分の脳をめちゃくちゃにかき回されているようである。夜、東京文化会館小ホールで石井啓一郎さんのリサイタル、ピアノは勿論啓子夫人。ニールセン、シューベルト、プロコフィエフという興味深い曲目の中で「七つの山口民謡」を初演してくださった。先日聴かせていただいた時とまるで違う曲のように肉付き豊かになっていてびっくり。演奏家魂とはこういうことを言うのかと改めて感嘆する。 |
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