■ 2002.4.17 Wed.
 3回目のベルリッツ、相変わらずのフルスピード(と私は感じてしまう)と新しい言葉や言い回しの多さに目が廻りそう。若い女性の先生の明るさとエネルギーが救いのような、プレッシャーのような………。私たちが習い始めたのは韓国語(私の語感ではまず朝鮮語と浮かぶのだが、本当はなんと言うのが正しいのだろう)。50年以上前から同級生をはじめ身近に親しく付き合ってくださる韓国や北朝鮮の方たちが少なくないのに、その方たちの大多数が日本語も達者であることに甘えて私は「こんにちは」も「さよなら」もまともに言えないまま今日まで来てしまった。昨年7月たまたまソウルのKBS交響楽団を指揮する機会に恵まれて音楽会を2回経験したが、その音楽家たちの素晴らしさが記憶に残った。その直後の8月中旬、発足して間もない韓国指揮者協会から若い指揮者たちとの勉強会をやってみないかとお誘いがあって、済州島のオーケストラの協力で数日間、若者たちとそれを指導なさる先生方と一緒に過ごした。私にとっても貴重な体験であったが言葉を全く理解できず、日本語からの完璧な通訳に頼って時にはドイツ語や英語を交えて話すことが、本当に申し訳ないと痛感した。今年もまた8月に済州島で勉強会をやることになったから「ありがとう」とか「はじめまして」とか「水を飲みたい」くらいは言える様にならないだろうかと夢見ているのだが、何しろ本業の音楽でも暗記するのが嫌いでほとんど楽譜を置いて指揮する私だから、前回のレッスンで習ったことを思い出すのに一苦労しているところへ次々と新しいことが加わるから息つく暇も無い。私のパニックを横目に家内はすらすらと先生の質問に答え、にこやかに会話しているのは能力と年齢の相乗効果なのだろうか。ともかくレッスン終って教室を出てきたら疲れ果てて酸欠状態のような感じ。こういう時はざるそばかな、などと訳の判らぬことを言ってそばを喰って帰る。

■ 2002.4.19 Fri.
 愛知県立芸術大学、私にとって今学期最初の授業。午前は大学院の指揮法、と言っても指揮科があるわけではないので全員が副科である。この指揮法を担当してもう15年以上になるだろうか、受講する学生が一番少なかった年度は受講生4人に対して教師2人とピアニスト4人、計6人ということがあったが今年はどうした風の吹き回しか、初日はともかく20人を越える受講者で大盛況。教材はベートーヴェンの交響曲「2番」。2組のピアノ連弾、つまり4人のピアニストを相手にひとりひとり指揮を試みる。この授業は腕の振り方を教えるのではなくて(教えろと言われても私にその能力は無いが)楽譜を読むとはどういうことか、楽譜はいかに曖昧で大雑把なものか、だからその楽譜を更に粗雑に扱うと作曲者の意図がいかに簡単に破壊され、消えうせるかを体験していくのである。それに指揮の重要な仕事のひとつは実際に演奏する(音を出す)音楽家たちにもっと演奏そのものに集中してもらう為にどうしたら助けになることができるかを考え、感じ取り、実行していくことだから、その考えられるあらゆる可能性をひとつひとつ絶えず試してみる必要がある。それを一緒にやっていこうと言うのである。午後1時から5時30分はオーケストラ。北爪道夫「地の風景」、マーラー;交響曲第1番、ハイドン;交響曲第39番ト短調。午前の指揮法も、このオーケストラも若い指揮者関谷弘志さんとふたりで担当している。6月末には関谷さんの指揮で全く違う曲目の演奏会が予定されているから、次回からは私が出席する日も半分以上は関谷さんに時間を譲ろう。オーケストラの学生諸君は今年も元気。私の悪口雑言にもめげず懸命に演奏している。初日としては上出来。但し、とび抜けて弱い部分もひとつふたつあるから、これは今のうちに修正しないと一所懸命やっている人たちが気の毒だろう。5月初旬にはそれぞれの担当の先生と「懇談」しようと思う。7時近くの新幹線でくたくたになって東京へ帰る。

■ 2002.4.20 Sat.
 午後ベルリッツ、今日は過去3回と違って明るくユーモラスな若い男性の先生。優しい話し振りに騙されて油断していたら、終ってみると思い出すことすら難しいほど大量の新しい要素を教えていただいていた。家内とこれは今日中に絶対復習しないとタイヘン、と言いながら帰宅したのに二人とも疲れ果てて寝てしまった。

■ 2002.4.21 Sun.
 高橋圭三さんが亡くなって何日かが経った。個人的にお会いしたことは一度も無い筈だが、お元気だった頃の映像を拝見していて日本語の美しさに改めて気付かされた。何でもないことのようだが、あれほど明晰に、しかも美しくワタクシと発音する人をいま私たちは知らないのではないか。それに話す速度が決して速すぎないことにも感心した。のったりとゆっくり、もったいぶっているのでは決してない。しかし過度の速さでないことの大切さを思う。音楽の世界でも最近は器楽も声楽も指揮者たちまで、ともかく大音響を発し、目にもとまらぬ速度で弾き飛ばし、極端な強弱で色づけしてみせることが主流である。楽器も人間もその目的に沿うように改造される。手段はどうでもよい、人を驚かせればそれが「商売」になるのである。まるでサーカスかチンドン屋だと心の中でつぶやく。その良し悪しなどは言うまいが、高橋圭三さんの見事な話し振りを拝見しながら音楽の世界と重ね合わせたことに独りで苦笑する他はなかった。
 話し言葉と言えば私のようにほとんどテレビを見ない人間でも気になるのが、このごろ流行の食べ物を扱った番組の中で老いも若きも、やたらにサクサク感だの、モチモチ感だの、ジューシーなどと薄気味悪い言葉を連発すること。そもそも普段からまともな食事もしていない人たちが「ウ〜ン、おいしい」と叫ぶのも気に入らないが、それはともかくどうして美しい日本語を誰も教えないのだろう。フランスの有名な劇団、コメディ・フランセーズは常に美しいフランス語のお手本だそうだという話は日本でもたくさんの人が知っているはずだが、ラジオやテレビのアナウンサー諸氏も必ずしも信用できない日本語の現状を改善する方法はないのだろうか。

■ 2002.4.23 Tue.
 昨日の夕方から名古屋。昨夜はトイレのちょっとした水漏れを夜中に直してもらったりして夜更かししてしまったが、今朝は8時過ぎにかかりつけのお医者様の診察を受けに伺う。1ヶ月に1度の割合で診ていただく習慣だが、幸いに特別な異常は無い。ちょっとした変化があったり、どこかが痛かったり苦しかったりしたら、いつでもどんなことでもおっしゃって下さい、といつも念を押してくださる若いお医者様、私たちは勝手にホーム・ドクターと決めている。
 11時、家内の両親と私たち4人で御園座へ歌舞伎を観に行く。五反田に東京の住まいがあった頃は地下鉄が直通だったせいもあって、毎月のように歌舞伎座に通ったが、この数年はご無沙汰していたので役者さんたちの若返りが印象的。「鳴神」での新之助の切れ味の良い動き、「男女道成寺」でみせた菊之助の美しさと色気、新之助のはつらつとした若さ、ことに「道成寺」の三味線と鳴り物の見事さは圧倒的。

■ 2002.4.24 Wed.
 東京へ戻る。たった2晩不在だっただけなのに郵便物が溜まっている。郵便物の切手は全部切り取っておくのが習慣になってから20年以上は経つが、これが案外時間がかかる。旅行は職業柄まるで日常的なことだから歯ブラシは必ず持参する。一時期は割り箸は木材浪費に繋がるかと考えて外出には必ず箸を持参したが、この頃はそれをしなくなった。楽屋や練習所の指揮者室を出る時は短時間でも灯りを消すのは、ドイツ人たちが日常そうしているのを何度も見て、ああそうか、と思ったからである。そうでなくとも私たちはいろいろな物を片っ端から浪費しているのだから、気がついたことは身の回りから何とかしたい。厳しく考えるまでもなく私の生活が完全に地球環境悪化を進めないように、隅から隅まで整えられているわけでないことは言うまでもない。しかし、ひとりひとりが出来るところから始めなければ何も動かない、完全主義は長続きしないし、危ない、などと勝手な理屈をつけている。

■ 2002.4.25 Thu.
 午後、ピアノの調律に来て下さる。骨董品に近いアップライトを丹念に面倒見てくださる大ヴェテランであるが、たっぷり2時間はかかる。マンション6階の南向きの部屋で、すぐ前は青梅街道、その向こうは公園だから陽射しを遮るものは何も無い上に、住人が乾燥しているのが好きだからピアノはたまらない。乾きすぎて狂いっぱなしに狂う。ごく最近になってこの住人もいささか反省して時々加湿器などをつけてみるが、さて、どれくらい効き目があるか。しかし、その調律の達人によれば、このままだと寿命は長くないそうだから、手遅れかもしれないがせっせと加湿器を働かせよう。

■ 2002.4.26 Fri.
 杉並公会堂で日本フィルハーモニー交響楽団と練習。「ウェストサイド・ストーリー」や「春の声」など、たくさんの作品の上にヴィラ・ロボスのギター協奏曲まである盛りだくさんである。オーケストラは機嫌良く練習してくれる。今日は突然寒くなった。今年の天候はやはり少々おかしい。

■ 2002.4.27 Sat.
 日本フィルと練習2日目。このディスカヴァー・オーケストラ・シリーズの過去2回のナヴィゲーター(というのは何とも不思議な日本語だが)は西田ひかるさん、更に忙しくなったからと辞退されたので、今回からは渡辺 徹さんになる。3時から簡単な打ち合わせ。初めてお目にかかったが、頭脳の回転の速い、感じの良い、さわやかな方である。明日の舞台が楽しみ。