■ 2002.2.14 Thu.
 居間と仕事部屋が同じなので食卓の周りが多分、作曲中の消しゴムの屑でいっぱいである。
 部屋をやっと掃除した。すっきりとしてよい気持ちだが、こういう清涼感はせいぜい1日か2日、やれやれ。

■ 2002.2.15 Fri.
 梅田俊明さん指揮の仙台フィルハーモニー管弦楽団「定期」を聴く。3時からの総練習から聴いたのだが、ベートーヴェンの交響曲第4番は私たちが日常思っている重く、ひたすら生真面目なベートーヴェンと少々違って明るく、切れ味の良い部分もたくさんある。それをがっしりした構築の上に開花させてみせるのは容易なことではないが、今日の仙台フィルと梅田さんはすがすがしい響きで、そのさわやかなベートーヴェンと向き合っている。
 リヒアルト・シュトラウスの「英雄の生涯」は高名な超大曲。特にコンサートマスターが担当するヴァイオリンの独奏は、これが奏けたら一流のコンサートマスターの証明といわれるものであるが、当団の俊英、西江辰郎さんが私たちをうっとりさせてしまうほど見事な演奏を聴かせた。オーケストラも文句の付けようもない。終演後にお目にかかった梅田さんの晴れ晴れとした笑顔が印象的であった。ホールがこの作品には少々空間不足かと思われること、弦楽器奏者の数も、もう一回り多くできれば……とは、多分たくさんの方たちの感想でもあろう。

■ 2002.2.16 Sat.
 東京へ帰ると来週の「春の祭典」が気になってスコアをまた開く。昔から使っていたものを1967年改訂版に替えたので、ページをめくりやすくしたり、小さい書き込みをしたりする。夜、息子夫婦と孫、それに私たちの5人で楽しく食事。

■ 2002.2.18 Mon.
 3ヶ月に1度の検査に病院へ。採血をしてくれる人たちの中に音楽ファンの女性がおられて、ちょっと太ったりすると「アラッ!」と警報を出されてしまう。

■ 2002.2.19 Tue.
 今日から仙台フィルの練習。モーツァルトの「25番」は特に好きな作品だがオーケストラの実力も試される。基本的な古典の教養と演奏習慣、緻密な技巧と修練の集積があるか、そうでないかが明らかになってしまうのである。「春の祭典」はまずまずの出発。

■ 2002.2.20 Wed.
 練習の2日目。モーツァルトもストラヴィンスキーも難しさが明らかになってきた。これが練習のつらい時期。ここをはっきり自覚して乗り切れれば先へ進める。練習後、事務所で梅田さん、私と事務局の人たちとの定期的なミーティング。オーケストラを囲む厳しい経済的な状況についても話し合う。

■ 2002.2.21 Thu.
 練習所に梅田さんが来て下さる。練習が終ってから「春の祭典」の以前からどうしてもうまく行かない部分について意見を訊く。簡潔で鋭い指摘に、なるほど、と感心するばかり。明日、早速試してみよう。

■ 2002.2.22 Fri.
 毎日毎晩、ストラヴィンスキーのスコアをぱらぱらと眺めることの繰り返しだったが遂に演奏会。何しろ大編成の作品だから広い県民会館の舞台もいっぱい。ブルッフのヴァイオリン協奏曲、独奏は梁 美沙さん。昨日、一昨日と2日間も練習に付き合ってくださった。まだ中学生だが素晴らしい音楽家。それに、梁さんの初めてのオーケストラとの共演は3年前の仙台フィル、私の指揮でのパガニーニだった。光栄なことである。去年の仙台国際音楽コンクールでも共演しているから、仙台フィルの音楽家たちはみんなミサちゃん(失礼)のファン。協奏曲が終った時の舞台の上、オーケストラからの拍手もすごかった。「春の祭典」は全員が火の玉になったよう。お客様にも喜んで頂けたようである。

■ 2002.2.23 Sat.
 夕べは少々ビールも飲んだし、すぐに熟睡したが今朝は案外早く目が覚めた。ストラヴィンスキーの神経の昂まりがすっかりはおさまっていないのだろう。オペラを指揮した翌日はよくこういうことが起こる。東京へ戻ると何だか一段と春の気配が濃くなっている。

■ 2002.2.24 Sun.
 書くはずで怠けていた原稿を2つ書く。送るはずだったメールも家内に助けてもらっていくつか送る。次の音楽会の勉強も少し。こういう何となくゆったり自分のことが出来る日、外出しなくてすむ日も好きである。「N響アワー」でコンドラシンのプロコフィエフとショスタコーヴィチを観る。ひたすら作品に奉仕していること、演奏に対する要求、意思が明確であることが素晴らしい。外見に全くとらわれていないし、音楽を尊重することに集中している、それに私は感動する。こういう人を見ることがこの頃とても少なくなったように感じているのは私の見聞が狭いからだろうか。